【書評】東日本大震災後の放射線を巡る対応から科学と社会の関係を考える良書〜「知ろうとすること。」(早野龍五、糸井重里共著)〜

この本は、早野先生と糸井さんの対談を編集して出された本です。

しっかり編集して出されており、序章はともかくとして、第1章以降については、時系列に沿って、早野先生が福島原発事故後に実施してこられたことを紹介し、そこに糸井さんが時に純粋に疑問に感じたことを質問したり、時に話を前に進めるように話題を振っていきながら展開していきます。

本作自体は対談本ではありますが、早野先生は専門外にも関わらず、かなり精力的に、福島での活動をされていますので、かなり興味深い作品に仕上がっています。

早野龍五先生とは

震災当初の混乱期に、Twitterを使ってフラットな情報を提供し続けたところから、放射線関係の業務をしてこられた方です。

そもそもは東京大学の物理学教授で、放射線や炉の構造は専門外の方ですが、Twitterの活動からしばらくすると、内部被ばく、外部被ばく対応に際し、実際の福島にいらっしゃる住民の話を聞いて活動してこられた方です。

まずは、放射線量が科学的に見て健康上問題でないレベルを確認した後、リスクコミュニケーションの分野で活動され、風評被害の問題へと活動の軸を変えつつ活動しておられる方です。

もちろん他の活動も多くされており、ほぼ日の科学的フェローを務めていたりもされています。

事実を淡々と伝えること

特に震災当初の混乱期に、早野先生は淡々とTwitterで情報を伝え続けました。

心情としては「不安」がどうしても先行しがちなところで、このスタンスを貫かれたことの素晴らしさを本書では糸井さんが語られています。

「なによりも、なにをするにも起点になるのは事実なのだと強く思いました。」(178ページ)

「少しずつわかっていく事実を、同じようなリズムで、脅かすこともなく、どう考えるべきかについて強要することもなく、激せず、飽きずに伝え続けてくれました。この姿勢は、ぼくのなによりのお手本になってくれました。…人は…簡単に興奮し、怖れたり脅かし合ったりしやすい生きものです。しかし、ほんとうに大変な事態になったときには、事実をもとにして冷静に判断をしなければなりません。」(179ページ)

引用が長くなりましたが、情報発信に関してとても重要なことを示唆しています。

何事もまずは事実関係が起点になること。人間は感情に揺さぶられやすい生きものではあるが、だからこそ、事実を理解し、そこから考えて結論を出すこと。

あらゆることの軸として考えるべきベースとなる考えを教えて頂きました。

内部被ばくについて

早野先生は情報発信から、現場に入り、精力的な取組をされていました。

そうした取組の中で最初に取り組まれたのが、内部被ばく対応です。

「食品が放射能汚染されているのではないか」という不安に寄り添い、量に関する事実をはっきりと伝えます。

まず問題ないレベルにあることを科学的に知り伝えた上で、ただ大丈夫というだけだと人々の不安は解消しないので、検査をして、数値で示していきます。

5万ベクレルという考え方

これは結局発動しなかったそうですが、内部被ばく1mSvを、セシウムの量として5万ベクレルと大体で換算し、財布に5万円入っている中で、あなたはいくら使ったから、あとこのくらい食べてもこのくらいなんですよ、と個別説明に使うことさえ検討していたことを紹介しています。

まずもってBqとSvの違いが分かりにくいのを明快にし、かつ財布の中にある例えで説明されようとしたこの分かりやすさに脱帽でした。

そして、一番は、

「ただ、この説明方法を使うとしても、公に言うようなコメントではなく、あくまでも主治医と個人の患者、というような個別の現場でしかあり得ません。」(81ページ)

と使用用途を理解・限定された上で考えておられたことです。

結局は発動していないとのことですが、ここに限らず色々と想定しながら進めてこられたことが本書では詳しく述べられています。

この場合はこうする予定だった、と淀みなく回答する早野先生に気持ちよさを感じるくらいで、「徹底的な準備」とはこのことを言うのかなと、とても参考になります。

基準について

基準に縛られるとも言いますが、

「日本の人は、基準が決まりさえすれば、厳密に守るんです。」(85ページ)

ということも紹介されています。

例え世界的に見てもとても低い規制値としても、みんなが真面目に守る。

…そんな日本人の国民性を感じた気がします。

これは良い面も悪い面もあるとは思いますが、日本人はそういう性質をもった真面目な方の多い国民性なんだな、と実感しました。

甲状腺がんについて

甲状腺がんについても、事実から述べる一貫とした姿勢が目立ちます。

本書の中でも、

「甲状腺ガンというのは非常に進行の遅いガンで、ガンの中では危険度が低いんです。…ほぼ、命に別状がない。ですから、検査すれば甲状腺がんにガンが見つかるけれども、見つからないまま過ごして、他の病気で亡くなる保持者の方がとても多いと言われているんです。」(115ページ)

と述べており、いわゆる過剰診断の問題が言われている根拠について始めてまともに知った気がします。

また、

「世界で一番甲状腺ガンが発生している国…それは韓国なんです。…なぜかというと、乳ガンのエコー検診をするときに、道具が同じだから、ついでに甲状腺も検査しましょう、ということを大々的に行ったんです。…その結果、人口当たりの甲状腺ガンの患者数が、5倍以上に跳ね上がったんです。」(112ページ)

と、調べれば見つかることもしっかりと事実関係から述べられています。

いわゆる過剰診断の問題についての問題点を考えるにあたっての事実関係を自分の中で整理されたパラグラフでした。

ベビースキャンの開発

科学的には必要ないとなると、科学者はそこで動きを止めると思いますが、早野先生は不安にしっかり寄り添われたことも書かれています。

それがベビースキャンです。科学的に見れば大人の方が体内に残りやすいから、子供より検出されやすいので、大人が大丈夫ならば子供も大丈夫だから、大丈夫となるそうです。

そのため、「科学的には必要なくても、ベビースキャンは必要なんです。」(122ページ)と述べられ、コミュニケーションツールとして活用されています。

本当に早野先生は、科学と社会を繋ごうとされていたんだな、と実感しました。

そして、科学の難しいと思われることを分かりやすく伝えてこられました。

ベビースキャンの後に放射性物質としてのカリウムが人体にそもそも一定程度含まれていることが紹介されますが、そこも実に分かりやすく、それでも事実関係を淡々と説明されています。

おわりに

分かりやすく伝えること。

これは簡単なようでいて、かなり難しいことです。分かりやすく伝えるためには、しっかり事実関係を知っておくことが大切なことを本書から学びました。

「自分が研究したり、発言したりする分野において、過去に何が起きて、いまどこまでがわかっていて、どこからがわかってないかというようなことは、勉強しなくちゃいけない。それは必須です。」(150-151ページ)

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