自分に向いていることは何か

好きと得意の方向性

やりたいことは、自分の価値観に合うという前提を加えた上で、「好き」と「得意」が混じり合うところにある、という考え方が私には合っている。

難しいのは、案外この混じり合うポイントを見つけるのは簡単ではないということだ。いくつか事例を元に考えてみたい。

モノマネ芸人

モノマネ芸人さんがやる芸には、純粋に「凄いなあ」と思う。全く別の姿・形をしているのに、同じように見せることに憧れたこともあった。

実際、学生時代に、「先生のマネが上手く、それで生徒の爆笑をかっさらうタイプ」というのが数名はいた。社会人になっても、上司のマネが上手い人に会ったこともあった。

見ている分には面白いし、興味深い。しかし、私がやると限度があるのだ。ある程度で止まる。

これは、まず興味があるが、好きなことではない。彼らは本当に見聞きをしまくっている。芸にするには数年単位かけていることを知り、そこまで同じものを見続けるほど興味はないな、と思ってしまう。

そして、得意でもないのも良く分かる。どちらかというとマネされる側かもしれないな、と自分でも思う。

プロの歌い手

プロの歌い手とモノマネの差はオリジナリティにあると強く感じる。

技術の土台はあるのだと思う。しかし、技術のみで競ったら、総合点ではモノマネに負けているのだと思う。

しかし、オリジナリティのプロであり、他の人の曲を歌うと自分色に染めるのだ。その凄さに圧倒された。

モノマネ芸のような器用さが私にはないので、こちら寄りではあるのだと思う。ただ、私自身は、まだどの分野でそこを出すのかが意識しきれてはいない。

学者

学者の方々も、自分にはできない才能がある。とにかく経緯や関連事項に関する知識が頭に叩き込まれており、そこから冷静に分析をするのだ。

彼らがするアドバイスは、非常に合理的である。もちろん予想の部分は外れることもあるが、少なくとも推論としては、プロであるほど正しいものが多いように感じる。

その知識量とその引き出しの多さに憧れたこともあった。しかし、これも私にはできない。

私の場合、どうしても動きたくなるのだ。分析は嫌いではないが、行動に移すための手段に過ぎないという考え方は変わらなかった。

では自分はどうなのか

少し前までの自分は、自分のやりたいことをやれていたと思うが、今現在、そこまでの気持ちになれていない。

今は次のステップに行くための準備期間と捉えている。私は、情熱のあることに対する熱量はどうも高い気がするが、行動するには比較検討を必要とするため、実力をつける期間も必要になるタイプなのかな、と感じている。

少し前まで焦りを抱えてきたが、じっくり腰を据えるべきかもな、と思ってきた。今はワンピースでいうところの覇気を身につけるための修行期間なのかもしれない。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲