整理と面倒臭さとの折り合い

家の中にあるものや、今日では様々なデータ類について、適度に管理することが求められる。

割と大きなストレス要因になるものの、幾度となく整理に失敗してきた中で、少しずつ分かってきたことがある。

完璧にはなれない

過去の私は完璧な状態を目指していた。

いざという時にモノがパッと出てくるし、その上、「あれ、必要なのにない」という状態をゼロに近づけたいと思っていた。

しかし、これは両立しえないのだ。用意周到にすればモノは増えるし、いざという時にモノを出せるようにするにはモノが少ないことがポイントだからだ。

過去の私は、「記憶力が良ければできるのでは」と思っていたのかもしれない。また、物が散乱しているのに、パッとモノが出てくる(ように当時は見えた)人に何人か出会ったので、自分もできるかも、と思っていたのかもしれない。

しかし、それは幻想だった。実際、「できるように見えた人」も見たのは一瞬なので、「その時はできた」というのが真相だと思う。

モノは少なく

かつてはモノが多い方が有利な時代であった。それは単純に情報量の多さが強さであった時代が確かにあったからだ。

そして、近代史は情報の多さが格差さえ生むほど大きなポイントになっていた部分も多いように感じている。

しかし、インターネットでのアクセスが可能になったので、その方針を取るメリットがはるかに薄くなった。

そして、私自身、「いざ必要なときにパッと出ない」という状態は私にとってストレスフルでに感じる。もし不足していたとしても、Amazonでポチれば翌日には届くというケースも多く、そうなるとあまり困ることはない。

そうなると、「モノを少なく」というのが現代の原則であるといえるだろう。

整理する時間を意図的に作る

他方で、モノを全て捨てる訳にはいかない。そして、日々を過ごしていると、特にデータ類はどんどん増えてしまう。

そのため、整理が大事にはなってくる。ただ、ここでも私は一度躓いており、「整理をいくらしてもキリがない」と感じるようになってきたのだ。

そのため、そこは時間で区切ることにした。時期にもよるが、普段は「なるべく整理しよう」程度の意識で、その上で、週に1度ほど整理の時間を30分ほど設けると、上手く行くことが多くなってきた。

「最低ラインを作る」こと

そして、色々考えてみても、「完璧は無理だ」ということを何度も反芻していると、次第に自分の中の最低ラインが下がってきた。

よく、メソッドで、「最低ラインを作る」ことが重視されるが、実際は、完璧主義傾向があると、そのハードルはすぐには下がらないものである。

そのため、苦しみをオーバーフローさせない範囲で、少しずつ自分の中のハードルを自分と葛藤しながら下げた状態に慣れさせることが必要であり、結局時間はある程度かかるのである。

大人の成長は時間がかかるのだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲