長期的視点を少し持つこと

短期的な成長

これまでは、短期的な成長を追い求めてきた。

毎日の積み重ねこそが大切であり、数ヶ月先を見越しつつ、今を意識して生きることを重視していた。

もちろん、その重要性が損なわれることはないと思う。他方で、それだけだと人生という長い期間を考える上では、少し頭打ちだな、と感じるようになってきた。

長期的な成長

これまで、あまり長期的な成長という視点を持ったことがなかった。ある程度は吟味するものの、興味あることに取り組んできた。

しかし、どうも興味あることに全部頭を突っ込み、実力を上げることはできないことが分かってきた。どう考えても時間が足りないのだ。

そこで、長期的な視点が重要になってくる。自身の方向感を持ちながら進めていくことが必要ということである。

好きにも度合いがあり、ある程度選び取る意識を持つことが必要だと感じてきたのだ。

例えば、論理学・哲学などは個人的には好きではあるが、あくまでそれは趣味の域を出ない。極めたいと思ったこともあったが、硬い本を読んでいつまでも眠くなっているので、興味はある程度なんだな、ということが分かってきた。

これまでは、あまりに気の向くままにやっていたが、そこに方向感を付けないと、時間切れになってしまうことが分かってきた。意識し過ぎると動けなくなるのもまた真なので、少し意識するくらいが丁度いいかな、と感じている。

そして、焦り過ぎは禁物だな、と強く思っている。どうしても結果が出ないと焦ってしまうのだが、よく考えれば、すぐに結果が出ることは、その分のインパクトしかない。

要すれば、物事を考える上で、時間軸を持つことが大事だと感じている。

個人からの視野の拡大

世界的に有名な起業家や経営者の中の少なくはない人が、世界が抱える課題へ関心を寄せている。

恐らく、個人からチーム、チームから組織、組織から国内、国内からグローバルへと視野は拡大していくのであろう。

現在の私には、世界的課題の解決に心血を注ぐ彼らの考え方が理解できない。そこまでまだ自分に余裕がないということだろう。

というのも、マクロに考え過ぎてしまうと、それこそ自分のちっぽけさを感じ、かえって辛くなってしまうのだ。(個人の関心は異なるが)世の中を良くする方向にするために何かをするにしても、それは大して意味がないことに思えてきて、妙な辛さを覚えてしまったことが過去何度かあった。

そのため、視野は広げ過ぎないように配慮してきた。しかし、それは自分を知り、自分の得意から行動するといった個人の基礎が当時しっかり確立していなかったことが原因だったような気がしている。まだ経験値が足りていなかったのだと思う。そして、経験の質や物事の見方が時を経てが変わってくると変わってくるのかもしれないな、と思える。

だからこそ、彼らの目から見れば、もう働かずとも生きていけるだけの財産があるにも関わらず、働き続けているのかもしれないな、と少し思えるようにはなってきた。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲