対人関係の難しさ〜かつて起きたトラブルから学ぶ〜

本当に人間関係は難しいと日々感じる。

社会人生活を始めると、人間への興味も深まったが、他方で、人間の面倒なところもかなり目に入るようになってもきた。

自己理解と他者理解の道はまだまだありそうだが、ひとまず現状を整理したい。

コミュニケーションのスピード

私は、コミュニケーションのスピードはそこまで早くない。場面によるが、特にアイデアを出す場面ではそこまでコメントを出すのが早い訳ではない。

他方、いわゆる「アイデアマン」と呼ばれるようなタイプが早いことが多く、彼らは本当に思いつきで話すことができるし、とりあえずやることが身に染みている。

そのため、ここが辛さに繋がることがある。アイデアマンタイプからすれば、「とりあえずやる」が割と自然にやるのだが、私の場合、やるものを選択し、やるのであればしっかりやりたいと考える。

そこにギャップが生まれることがある。そこで、アイデアマンタイプの上司を誤解し、ストレスに感じてしまうのだ。

とはいえ、かつてアイデアマンへの憧れと自身の絶望を感じていたのに比べれば、自分の得意はそこにないことを自覚したことは成長といえるだろう。

とはいえ、コミュニケーションで起こるトラブルはまだまだ想像できないものが多い。

理論との距離感

かつての私は、「それなりに理論的だ」とは自己評価していた。何故か分からないが、昔から小難しい言葉が好きだった。

論理自体は好きではあった。とはいえ、そこまで得意ではないとも徐々に分かってきた。

構造分析とか、学問の世界とかについて、知ることは必要だし、その観点は必要だとは思うが、自分が何かを学問的に分析したいとは思わないのだ。

それが良く分からなかったのだが、最近分かってきた。傍観者的に見ることに興味がないのだ。

その意味で、論理の鬼になることはできなかったのだ。

協調性は諦める

他方、協調性は昔からないことを自覚していた。

一時期、短距離走で一斉にゴールすることの是非を問われていたことがあったが、凄くどうでもいいな、と思ってしまった。

それが実際私の学生時代に起きたらどうしただろう、と思うが、今の自分からタイムスリップしたら、その短距離走をする場所に行かないな、と思うのだ。

協調性を重視するタイプは、争いを嫌う傾向にあるらしいが、それもない。争いはない方がいいかもしれないが、抑えが効かないのだ。自分の不器用さにたまに悲しさを覚えることもあるが、我慢はあまりできない。

決断力・自分の想いを活かせる場所に

私の性格は、どう転んでも「いい人」にはならない。

自分の思うようにならないことに異様にストレスを感じるし、自分をコントロールしようとしてくる人は極端に苦手だし、変に自分への厳しさがあるためにしばしば苦しむ。

辛かったが、自分の感じていることなので仕方がない。

自分なりにいくつかツールを試したが、どれを見ても、私の強みは自分の想いを遂行することや決断力等にあると出てくるのだ。

そして、強みと言われるところを発揮するときが、最も生きている心地がする。その時間を増やすことには努力を惜しむべきでないと感じている。

深い少数の人間関係

結局、原始時代の生き方が一番人間らしい生き方なのではないかと最近考えている。

携帯もインターネットもない時代であっても、共同体の数十人という規模で楽しく人は生活していたのだ。私自身、人間関係の幅を広げ過ぎて疲れてしまった。

現代は人間関係は希薄になってしまった。しかし、私は、私が大事に思った人との縁をしっかり大切にできる人間になっていきたい。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲