「分かる」と「できる」の認識しにくい差

「分かる」状態

「分かる」状態は、頭の中で認識するということである。理論的なものであれば、「なるほど!」という瞬間もあるだろう。

ただ、この「なるほど!」と思ったことは、それだけだと意味がない。実際、「なるほど!」と思うほどなので、そこから自分が再現するのはかなり難しくなる。そこから、「できる」まで持っていくにはかなり時間がかかってしまうのだ。

「できる」状態

「できる」状態にも2段階ある。

1つは「意識するとできる」。もう1つは「意識せずともできる」である。

「できる」とだけ記載してしまうと、この2つの区別をしなくなってしまい、結果として正しく「できる」状態を定義できなくなってしまうのだ。

何より、この「意識せずともできる」という状態の達成が判断できないというのが最も難しいところである。

やっているときに「意識していない」と思っても、大半の場合、「意識してできる」域を出ていないのだ。連日意識してやっていることから、慣れも加わり、意識レベルは低くはなっているものの、他の注意するべき点が加わると、乱れてしまうのだ。

これこそ、「いつの間に」できている、というのが一番正しいと思う。他のことを意識してもできるというのが指標ではあるが、そんなものは感じることはできない。毎日淡々とやっていると、なんかできるようになっているという曖昧なものである。

頑張り過ぎない

注意点は、「頑張り過ぎない」ことにあると感じている。

一般的には、「1年かけて身につけよう」という講座よりも、「1ヶ月でマスター!!」となっていた方が目を惹かれるであろう。

しかし、実際には、その1ヶ月で身につくのは、「分かる」状態か、「意識するとできる」の入り口に過ぎない。そこから自助努力で継続することが求められる。

かえって、1年かけて身につけようという文句の方が、実態に即しているのだ。

そして、そのキーワードは、「頑張り過ぎない」にあると思う。

私は、徹夜をしてパフォーマンスを一時的に高めた経験はない。やっている人も多かったという消極的理由で数度やってみたことはあったが、かえって眠くなった記憶しかない。

大事なのは、短い時間でいいから、毎日やることだと思う。そして、これが面倒ではあるが、反復といっても、人間は機械ではないので、時間を置いて反復することが必要である。寝て整理する時間がどうも人間には必要なようだ。

また、頭で覚えたようなことは忘れる。学生時代身につけていて、当時忘れるはずないと思っていた知識は大分忘れているが、その時の経験は割とすぐに思い出せるし、得たスキルは一生モノであろう。身体で身につけたものだけが、自分の身を守ってくれると思う。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲