英語にとにかく触れること「も」大事

かつてのスピードラーニング批判

今はそこまで宣伝を強くしている訳ではないが、かつて「スピードラーニング」が「聞くだけでOK」ということで、ゴルフの石川遼選手を広告塔に、強く露出していた時代があった。

そのため、こうした「聞き流し系教材」は賛否が論じられる的となった。そして、私が目にしていたのは、多くの否定意見だった。

主な否定意見としては、「聞き流すだけでは実力は向上しない。意図的学習が大切だ。」という意見だった。

しかし、ここには罠がある。そして、情報の判別能力があまりない時代に否定的情報に触れ過ぎてしまったので、罠にかかってしまったのだ。

批判の罠

こうした「聞き流し系」は全て否定するものではない。英語上達ということを考えれば、有効なツールの1つではあるのだ。

私は、この文脈においては、白か黒かの二者択一論にハマっていたのだ。実際は、丁寧に読み込む精読も大事だが、多くの英語に触れるという多読のプロセスも確実に必要なプロセスなのだ。

全部戦略

実際、物事を考えると、何事も、「これさえやっておけば上達する」というものはない。

もちろん、例えば同じ種類の問題集を何冊も解くよりも1冊を何度も解いた方がはるかに効率が良かったりもする。

しかし、他方で、英語への「慣れ」という意味では、似たような文構造を違う文脈の中で何度も出会うことも大事なのである。

その意味では、本当の基礎については1冊を極める方がいいが、特に語学においては、「たくさん触れる」ということも大事な時間なのだ。

英語に囲まれよう

そんなことを考えながら自分の英語学習生活を振り返ってみると、全くもって英語に囲まれていなかったことが分かる。

日本にいれば当然なのだが、思っている以上に日本語に囲まれて生活している。そして、私は、親の関係で幼少期海外にいたなどの、環境的優位性が全くない。高校時代に海外で来日している友達がいた、などあると、どうもその頃の習慣で自然に海外ドラマを見ているなどあるそうだが、それがないため、何も意識しないと、ただ日本語に埋もれてしまうのだ。

人間ができる意識は本当にわずかである。環境も含め無意識にかかるところを精一杯活かしてここからは過ごそう、ということを胸に刻んだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲