精神と肉体が切り離せない面倒さ〜疲れについて〜

ここ数日間、疲れているような感じがする。

まずは体調の崩れかけるサインがあったので、睡眠時間を確保するようにした。そして、少なくともここ数日間は7時間以上のキープしており、アプリで確認する限り睡眠の質も悪くない。

それにも関わらず、この「疲れている感じ」が抜けない。元気でないと目に見えてパフォーマンスが落ちるので嫌なのだが、どうも寝ていれば万事問題なしという訳でもないらしい。

体調は、凄くいいときはテンションが上がるが、それ以外の普通に良いくらいの状態であれば実感することはあまりない。他方で、疲れを感じたときのパフォーマンスの低下は簡単に感じてしまう。

その妙な体感ギャップが嫌なので、少し自分と向き合うことにした。

肉体の疲れ

肉体面の疲れは、一見すると精神的な疲れよりも分かりやすいように思えてしまう。

しかし、実際は、意外と無意識であることが多い。運動したら疲れるとかそういった分かりやすいのを除くと、次のような例がある。

私の場合は、一番起こりやすいのが肩凝りである。できる限り姿勢を良くしているつもりだが、集中していると自然に姿勢が悪い状態で何時間も過ごしたりしている。

そうすると、「気づかぬうちに」肩や首に強烈な違和感が出てくるのだ。肩型であれば、日々の悩みはあるものの、大きな怪我には繋がりにくい(その前にシグナルがしっかり働くため)という点もあるが、それにしても「肩が凝っている」という状態それ自体が非常にストレスフルでもある。

また、同率1位として、目の疲れもある。これは疲れても肩凝りよりダメージは大きくないが、エネルギーを地味に奪ってくる存在なので注意が必要である。本当に現代の生活は目に良くないもので、基本的にPC画面かスマホ画面を見ている。意図的な休憩が必要だと思う。

他方で、目の問題については、しっかり寝ることが出来てさえいれば、結構回復しているものであるので、対処を怠らないことが大事だと感じている。

さらに、「寝違え」も肉体疲労で見落としがちな例であろう。そんなに頻繁には発生しないが、発生すると本当にただただ困るし、時間が経過するのを待つしかない。厄介さでいえば一番だと感じる。

精神的な疲れ

そして、精神的な疲れはやはり面倒なものである。

何か悩みがあるというだけで疲れてしまうし、不安に感じることがあっても同様で、そうした疲れは「ぼんやりと」「なんとなく」感じるものなので、非常に厄介なのだ。

頭がズシンと来る形に近いだろうか。精神的な疲れがあると、肉体的には元気でもなぜか動かない…という状態になり、非常に困るのだ。

いつも通り起きようと思ったら、起き上がろうとする身体に突然拒否反応が増してきて、ほぼ半日〜1日を無駄にしてしまったとかざらにある。

精神的疲れについては、たとえ小さなことに思えても無視をしないこと、がもっとも大切である。小さな悩みであっても、これをなんらかの形で解消しないと、気がついたときに悪い方向に動いてしまっている。

複線化

厄介なのは、原因と結果の因果関係がよく分からないということだ。

精神的疲れが原因で、プラスしてちょっとした肉体負担があり、「肩がガチこちになっている」なんていう現象がしばしば起こるのだ。

そして、すべての要因など、結局分かりようがないし、いずれにせよ推測に過ぎない。だからこそ、実際に疲れが表出化したときに複数の対策法を常に持っておいた方がいいと痛感した。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲