不安を書き出すことのみでは足りない

私は特に刺激に敏感な方なので気をつけようと意識はしているが、それにしても人間はすぐに不安になるものである。

未知のものであれば、その状況へのなりやすさは更に高い。

その向き合い方について、不安に向き合う中で少しずつ見えてきた。当初は、不安は書き出せばいいと思ったが、どうもそれだけでは足りないようだと分かってきた。

不安と退屈

人間は非常にワガママなもので、目の前にある「飛び越えたいもの」が高すぎると不安に感じるし、その逆に、その目標の達成が実質的に確実過ぎても、今度は退屈さを感じてしまう。

そして、未知のものに対しては、難易度が把握できないからこそ、不安が先に立ってしまう。不安な状態は精神衛星上良くないので、無視できないし、無視しようとしても、何もしないと消えることはない。

だからといって、それが「嫌なこと」でない限りは、不安から逃げない方が結果的には良い。新しい挑戦に対する不安から逃げたときに感じるのは、退屈と、それに付随して後悔の念も出てくる。

人生は一度しかない。そして、運よく我々は、戦争中など人命が容易に剥奪される時代ではない時代を生きられている。そうであれば、人間の本能としての不安は感じつつも、それでも歩を前に進めていくことが必要である。

不安を書き出す

そこで情報を仕入れていくと、「不安を書き出すこと」というアドバイスが出てくる。そして、それは第一段階として極めて正しい。

私自身、情報を知ってからやり始めるまでタイムラグがあったが、結局、あらゆることは「やってみないと分からない」と改めて感じた。

嘘かと思って一回書き出すのに5分使ってみると、気持ちが軽くなっているのだ。相談できるような相手に話してみた上で、書き出すと効果が更に出てくるように感じる。

ただ、それだけだと次第に不安に戻ってしまう。

次の一歩を見つける

そこで、書き出すだけではどうも不足していることを知ってから、その不足の原因が分かってきた。

それは、「次の一歩を見つける」視点が欠けていることだった。今の不安を見つめた上で、次やることを決めることが大事だった。

しかし、次の一歩のみだと、中期的には不安状態に戻ってしまう。

イメージする力

その上で、その先をイメージすることが大事である。夢想で全然構わないので、未来を想像してみるのだ。

結局、ずっと先の将来はどう転んでも分からないが、それでも、少し先の未来にプラスのイメージができれば結構強いと思う。

想像してみて、自分の中で「ニヤッと」できると、上手くいく可能性が格段と高まると感じる。

見返すことも加える

そして、見返すこともその意味で大事だと分かってきた。

実力を向上させてきたものの、そのことに無自覚であると、向上された実力が「当たり前」になってしまう。

そうなると、実際は成長しているのに、「当たり前な状態である」という状況に変化が生じていないので、不安が襲ってしまうのだ。

その意味で、自分を自分で正しく評価するのは極めて大事なことであると考える。

それこそ、自分のことを親友として扱い、基本的には親身に、時に厳しく、自分に寄り添うことが大事であることを痛感している。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲