年を重ねることによる捉え方の変化

仲良しカップル

先日、仲睦まじく肩を寄せあっているカップルを見た。

確か、以前はそのような光景を見たとき、苛立たしい感情を抱いていたと思うのだが、今は少なくとも苛立しさはなくなり、仲いいねーと思うくらいにはなってきた。

色々な人と接する中で分かってきたのだが、私はどうも人より敏感なようで、割と全く関係のない人を見ただけでも、集中力が妨げられることもあるのだ。

器が小さい人間でしかないが、昔は相当ストレスに感じていたはずである。この違いはなんなのだろう、と不思議に思った。

感情の変化

恐らく、過去は、「なんでここでイチャイチャしているんだよ」という独自の倫理観が働いていて、それが苛立たせていたのだと思う。

「公共の場で…」という観念もあり、自分の想いを押し殺していたからこそ、そのような想いを感じてしまっていたのだろう。

そういった怒りに似た気持ちはなくなった。ただ、他の人もいる場において「肩を寄せ合っている」風景は異質ではあるので目には入ってしまう。

先日そのシーンを目撃して思ったのは、このケースでは、男性が肩を寄せていたのだが、そんなとき女性はどう思っているのだろうということだった。

このような恋愛的な場面で、人間の心理はどうやって動くのだろう、と興味を感じたのだ。

そういえば、映画視聴したときの心の動きは口にするが、現実にそうしたケースが起きたとき、心がどう動いたかということは案外口にしていない気がする。純粋に心理を聞きたいな、とも思った。

心境の変化

捉え方は具体的にどう変わっていったのだろうか。

知る→羨ましい→恨み→経験→客観と辿っていったと思う。

まずは状態を知るということから始まる。ここは無意識だが、多分ドラマとかを見ているとそういうシーンがあったりするので、自然に学んでいくのだと思う。

そして、概念を学んだ後で、映像やリアルを問わず、何度か目にしてみると、「羨ましい」という感情に変わっていく。

その上で、「羨ましい」と思いながらも、自分ができない現状をしばらく認識すると、それが「恨み」に変わってしまう。私の場合、思春期に男子高に行ってしまったため、この「恨み」の感情を長く抱いてしまったのだと思う。

そして自身でも経験する。そうすると、何事も大体そうだが、「あ、こんなもんなんだな」と知ることになる。ただし、上記「恨み」の期間が長く続いていると厄介で、この自身の体験で感じたことも幻想だと思いたくなってしまう。そうすると、感情がもつれてしまう。

何度か経験し、自分の中で腑に落ちれば、客観視ができるようになってくる。そうすると、何も思わなくなってくるのだと思う。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲