スタバでの注文から感じたこと

スタバでの注文

先日スタバに行ったときである。

注文の際には、以下の情報を発言する必要がある。

「何を注文するか」「サイズ」「店内かテイクアウトか」である。店内かテイクアウトかについては、コーヒー一杯程度では従来は必要なかったが、消費税率に差があるので確認が必要なものとして追加されるようになった。

その中で、注文するものとサイズについては最初に客側から話す必要がある。

そこで聞き取りミスが生じて、自分がショートと伝えたのに、トールが出てきた。

まぁ言えば変えてくれるとは思いつつも、他方で言ったらコーヒーとプラスチックカップを捨てるので、言わなかった。

ただ、希望と違うものが出てくるのは困る。

こういうコミュニケーションミスは面倒だと強く思った。想像以上にストレスを感じた。

注文時にレジ打ちの人は必要なのか

AI・IoT化などと言われるが、今までは生活様式の変化までは感じることはなかった。

しかし、最近感じることがある。それはコンビニの自動レジがキッカケであった。

最初やってみるときにはハードルがあったのだが、数回やってみると慣れてくるもので、電子マネーで払う方が便利だと感じた。

こうすることで、箸がないとかおしぼりがないとかの不満因子を減らせると感じた。箸は自分で取ればミスコミュニケーションも発生しない。

ユニクロなどでも、店舗によるが自動レジになってきていて、慣れてくると便利さを感じるようになってきた。

トーク自体は必要

ただし、トークそれ自体が一切要らないとはならない。

例えば、今はコロナという別の要因が存在しているが、AI化が進んでも、スナックの必要性は全くなくなることはないように思うのだ。

カウンセラーやコーチもなくなりはしないと思う。

人は人と話すことによって安心する。そして、その効果は大きいように思う。

テクストだとその効果はないとは言わないが、実感としてはるかに薄いし、TV通話を使っても、少し不完全さは感じるのだ。

恐らく無意識に感じている雰囲気のようなものは確実にあり、話す場面が本当にゼロだと人間は辛いのだと思う。

機械化とリアルと

話す場面の重要性は高まっている気がする。だからこそ、そのスキルを洗練化させることへの価値を高く感じているのかもしれないと感じた。

例えば、最近の高校生や大学生は本当に声が高いらしい。SNSなどテキスト文化が進んでいる昨今、普段の生活で声を出していないことが影響しているのではないか、とふと思った。また、口も開いていないらしい。

技術を高度化させていくことで、人間の生活の便利さは増していくと思う。例えば、1日あたりの徒歩数は、6000〜7000歩とも言われるが、実際、今になれば4000歩程度で過ごしている人も多いのではないだろうか。

他方で、技術の進展により、人間にとって必要だったものも「無駄」として排除してしまっていた気がする。

跳ね返りの動きはどこかで来るのかもしれないが、そんな生活様式の変化にどう対応していくかは極めて重要だと思われる。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲