自分の過去から性格を見つめ直す〜高校時代の負の感情からの脱却〜

自分の過去を見つめ直すのが苦手だった。「自分が好き」と堂々と認められる人を見るたびに、羨ましく思っていた。

ただ、その原因は、自分の過去を見つめていないことにあると感じている。あまりに何となく過ごしてきている。

最近、自分の声を聞くようになって、最初は嫌でしょうがなかったが、次第に自分の客観的な能力を理解できるようになってきた。

そこで分かったのが、「過剰評価をしていた」ということであった。なぜか分からないが、「それなりにはできる」という思い込みがあったのだ。

その思い込みは抱えたままだと結果的に良くない。なぜなら想定している実力と、実際の実力に差が出るからだ。

そうなると、過去を見つめ直すことが不足していたのでは、と思い至った。特に高校時代は見つめなくないので、少し思い出を考え直すことにする。

Mr.children

私の青春に占めるMr.childrenさんの割合は非常に多い。そのため、そこから考えられることも多いように感じている。

経緯

小学校高学年〜中学校の時代、よく行く友人の家があった。

そこではただ話したり、小さなパーティー的なことを行ったり、ゲームをしたり、生産性の観点でいえばあんまりないような気はするが、よく行った家は印象に残っている。

その家の中でずっとかかっていたのが、Mr.childrenさんのベストアルバムだ。

その友人は親が音楽をやっていた時期があったらしく、音楽が1日かかりっぱなしというのが当たり前だったらしい。

まず、その経験が斬新だった。自分の家では、TVを見ることは常態化していたものの、邦楽でさえ音楽を聞く習慣は全くなかったのだ。

その当時は、音楽を流しながら色々作業している様子がカッコ良く見えた。とはいえ、当時の私にはそれを自宅で再現するまでの勇気はなかったので、だからその人の家によく通っていたのだと思う。

その環境要因があるだけだ。多分、その旧友の家によく行く習慣がなければ、ここまで興味を持っていなかったと思う。

歌詞に興味を持つ

そして、高校に上がった。高校時代で印象に残っているのは、よくカラオケに行ったことと、文化祭で歌う経験を1度したことだ。

これまではぼんやり聞くのがメインだったが、自分なりに「歌って」みることにしたのだ。そうすると、歌詞が見えてくるようになる。

一番最初に歌詞に感動したのは、「終わりなき旅」という曲だ。音の流れる様子だけ聞いていたので、「こんなに人に勇気を与える曲だったのか」とさえ知らなかったのだ。

高校時代は、周りにMr.childrenさんのファンがいる訳ではなかったので、自分の中でこっそり、「凄い曲だなあ…」としみじみ感動していた。

極めることはしなかった

しかし、そこまでで止まってしまった。興味あることで、振り返ってみると、少しずつ進化していたと思う。

仮にここで音楽に熱中していれば、高校時代にあまり良くない印象はなかった。

エンタメへの関心

今から考えればもったいない気もするが、高校時代の私は、圧倒的にエンタメに興味があった。

当時は、M1グランプリが盛り上がっていた時期だったので、漫才をよく見ていたし、見よう見まねでやってみたことがあった。

漫才の方は一見すると、「自分にもできそう」なんて思えるのだが、やってみると凄さが分かった。笑いの中には、声の張り、リズムなど色々な要素があるんだな、と少し知ったと思う。

ここの関心は、当時はよく分からなかったが、私の関心は、「人に物事を伝えること」にあったのだ。人と人とがコミュニケーションを取るという事項に関心があったということだと思う。

そして、人が人に影響を与えるのだ。こんなに凄いことはないんじゃないか、と当時は言語化されていなかったが、振り返るとそうだったと確信している。

だからこそ、「本気でお笑いやってみよう」という思考には全くならなかったのだと整理できる。

恋愛から考える得意・不得意

青春といえば恋愛だ。

恋愛には興味はあったが、男子高なので機会はなかった。

今から考えれば、男子高の中でも、数名彼女がいるという猛者がいた。それは、極めて外交的な人だったんだな、と思った。

自分は内向型なので、その人を真似ようとしてもできる気がしなかった。好きになった人はいたが、ちゃんと見向きされるレベルで仲良くなることから難しかった。

性格

ここに焦点を当てずとも、昔から内向的ではあるが、内向型を自覚するキッカケとなる出来事は、といえば青春時代の恋愛にあると思う。

そこから、敏感なタイプなので、割と周りから影響を受けてしまうことも認識した。

これまでは正直、少し鈍感な方なのかな、と思っていた。そして、それはある意味で正しい。ただ、方向性を誤解していて、自分で確信したこと・決断したことはやり遂げるし、その際には他の事象に鈍感になるのだ。

しかし、総じてみると敏感型だと確信した。

先日、仕事をしていて、先輩からふと貰った反応が確信を深めた。

打ち合わせの後、先方の反応がイマイチなところがあり、それは否定的なコメントを発したときに起きていたので、私が、

「あの方は、こう言ったら多分こう考えて返すので、伝え方を柔らかくしないとダメそうですね。」

と先輩に言ったら、その先輩が、「え、観察しすぎじゃない?」と言ったのだ。そういう返しが来ると予期しなかったので、ただ驚いた。

他方、そう考えると、私がどうも周りを観察する傾向があることを自覚した。そういう傾向はあるのだろうな、とは思いつつも、その差がここまであるとは思っていなかった。

だからこそ、自分の中で確信ができるまでは、私にとって、環境が与える影響が大きいことを自覚した。

私は、「人は成長できるし、変わることはできる」と考えているが、そこにはそれぞれの伸ばす方向があり、それを見極めないと効果が薄くなってしまうことを強く認識した。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲