桜井和寿さんのコメントに心動かされた

歌手のJUJUさんがカバーアルバムを出されるそうで、その紹介記事を読みました。

それをサラーっと読んでいるとき、Mr.childrenの桜井さんのコメントに心が動かされました。この文章についてしっかり向き合ってみようと思います。

桜井さんのコメント

まず、今回のJUJUさんのカバーアルバムには、Mr.childrenさんの「くるみ」が1曲として収録されているとのことで、桜井さんが下記の通りコメントを残していました。

■桜井和寿(Mr.Children)

JUJUさんのくるみ、素晴らしいです。この曲を選び、カバーしてくださって本当にありがとうございます。

Mr.Childrenの曲は、歌唱力が高いとか、演奏能力が優れているとか、そう言った音楽偏差値とは違う何かで表現していて、だから、上手じゃないからこそ、拙いからこそ、ゴロゴロと情熱の塊が不器用に転がっていって、聴いた人の心を動かすのだと、過信していたし、自分の力不足に対し言い訳もしていたのだと思う。

ところが残念ながら、歌唱力は高い方が良い。つくづくそう思った。

悔しいから言うけど、僕には僕の良いところがある。でもJUJUさんのくるみ、めちゃくちゃ良いです!!

誰が歌っているとか、関係なく、良い曲だなぁ~!良い歌だなぁ~!って、ラジオから流れてきたgood songを聴いた時のように、心がジーンと暖かくなりました。

歌い回しや、メロディへの歌詞の乗せ方、相当聴いてくれたんですよね。本当に本当にありがとう~!次はJUJUさんのくるみの音源から、僕がたくさんインプットして、ライブでJUJUさんが聴かせてくれたくるみの世界を引き継ぎたいと思います。

JUJUさん、亀田さん、山木さん、小倉さん、斎藤有太さん、今野均ストリングスの皆さん

新しい可能性を聴かせてくださって、本当にありがとうございました!!

個人的には、これを受け取ったJUJUさん嬉しいだろうな、なんて関係のない推測をしてしまうほどに印象に残っています。

心を動かされる

この文章ですが、冷静な目になって何度か読むと、文章に落とし込んでしまうと、文体が整っている訳でもないし、1文が長すぎるところがある、とか細かい指摘はできると思います。

実際、ノウハウ本にあるような「体裁の整った文章の書き方講座」的観点からいえば、駄文と評されるのかもしれません。

しかし、この文章は私は好きです。硬くて何を言っているか分からない文章を山のように読んできましたが、言葉は伝えるためにあるのだから、その目的に鑑みれば、これらよりも価値があると私は感じます。

情熱

紹介文ですが、まず桜井さんの内に秘めた情熱が現れています。その自分の情熱を人に伝播され、共感します。

例えば、

「Mr.Childrenの曲は、歌唱力が高いとか、演奏能力が優れているとか、そう言った音楽偏差値とは違う何かで表現していて、だから、上手じゃないからこそ、拙いからこそ、ゴロゴロと情熱の塊が不器用に転がっていって、聴いた人の心を動かす」

私は、Mr.Childrenさんの楽曲が好きなのですが、イマイチ理由を説明できませんでした。「好きだから好き」でした。心を揺さぶられる感じが好きでした。そして、それがしっかり作者の言葉で記されていました。

個人的には、綺麗な音源よりも、Mr.childrenさんのライブ音源を聞いたときの掠れた声に魅力を感じていたので、それが言葉にされて、スッと腑に落ちます。

「情熱の塊が不器用に転がっていって」この言葉、使ったことはないですが、これこそが、「そんな生き様をしたい」と私が思っていたことでした。

ここで既に掴まれています。

その上で、下記の言葉が続きます。

「悔しいから言うけど、僕には僕の良いところがある。」

「僕がたくさんインプットして、ライブでJUJUさんが聴かせてくれたくるみの世界を引き継ぎたいと思います。」

2020年現在、50歳の桜井さんが無茶苦茶ガツガツしています。正直言えば、桜井さんが「僕にもいいところあるよ」なんて言わなくても、インタビューをして裏を取らずとも、すでに多くの方に認められているアーティストです。

にも関わらず、ある種「負けた」と言わんばかりの悔しさを感じ、さらに高みを目指そうとしています。

よく女性が年上の男性の魅力を紹介するときに、「余裕がある」ということをしばしば耳にします。でも、私は、その余裕のあるスマートさよりも、こんながむしゃらに生き抜く姿に感銘を受けます。

そんな大人でありたいな、とさえ思うのです。

人を褒める、認める

そして、文章を読んで思ったのは、こんなメッセージを受け取ったら嬉しいだろうな、と思うことです。

私がメッセージの受取り手ではないにも関わらず、読んでいて心が動かされます。受け取ったJUJUさんは嬉しいだろうな〜なんて想像力を勝手に広げて思ってしまっていました。

文章中でいえば、

「悔しいから言うけど、僕には僕の良いところがある。でもJUJUさんのくるみ、めちゃくちゃ良いです!!」

「素晴らしい」ということを言いたいものの、こうした、「良い」とか「素晴らしい」という言葉には、どこか上から下を評価している感覚があります。

しかし、この文脈では、そのニュアンスがかなり薄れています。「でも」という違和感のある言葉が、かえって前の文の「悔しさ」を受けて使っているような印象を際立たせ、本当に「良い」と思っているんだな、という印象を持ちます。

「誰が歌っているとか、関係なく、良い曲だなぁ~!良い歌だなぁ~!って、ラジオから流れてきたgood songを聴いた時のように、心がジーンと暖かくなりました。」

この表現も使いたいな、とさえ感じるような言葉だと思いました。有名人だから褒めている訳ではないということも含め、情景が浮かぶ形で表現しています。桜井さんが心がジーンと暖かくなる様子が伝わってきます。そして、声で勝負している職業だからこそ、絶対受け取ったら嬉しいだろうな、なんて思ってしまいます。

「歌い回しや、メロディへの歌詞の乗せ方、相当聴いてくれたんですよね。」

完成物を認めた後で、そこまでの努力を褒めています。「努力した」と感じていればいるほど、嬉しいだろうな、と思います。

人間は感情の生き物

文章を少し分析してみると、やはり人間は感情の生き物だなあ、と感じます。

そして、だからこそ、人間に生きる価値があるとさえ思います。

周りにいる人間に比べて、私は無機質な文章を読むのも書くのも苦手であるし、そこにどこか息苦しさのようなものを感じていたのですが、その理由が分かってきました。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲