好きなこと・できること・やりたくないこと

仕事を考える上で、業務はこの3つの分類が大事だと思う。

そして、「やりたくないこと」を減らすことが大事だと思う。

好きなこと

「好きなこと」と哲学的に考えてしまうと、解は出ないのではないか、と思う。

一時期、「好きなこと」って何だ…と思い過ぎて、解答を見失っていた。しかし、実際はそんな深く考えなくて良い。

裏返しの概念に近い、「やりたくないこと」を考えることで、好きなことの輪郭が見えてくるのだ。

特徴としては、

・「やろう」と自分で思えること

・自分から動き回っていること

・体感での時間経過が長いこと

・チームメンバーと飲み会したいと思うこと

などがある。

私にとって最も大事なのは、主体性の部分である。好きなことは自分から行動しているのだ。

そして、気づきにくい「好きなこと」かが最も分かるのが、それをけなされたときの反応である。気がついたら口を挟んでいたのだ。

なお、最初は「好きなこと」でなくても気がついたら「好きなこと」になっているときもある。

結局、やってみて、それが続いていて、ストレスがあっても、負の方向にエネルギーが向かわなければ、それは次第に「好きなこと」に昇華していく。

できること

「できること」というのは勘違いを生みやすい。

なぜならば、「できる」までの過程で成長を感じることができるからだ。

私自身、社会人なりたての頃は勘違いをしていた。その頃は、資料を印刷しては擦り方が違うと怒られ、アポをはめるのも移動時間の考慮が不足していたりして、これもまた怒られたりしていた。

しかし、次第にできるようになってきて、資料も上司が必要な時にサッと渡せるようになってきたし、アポはパズルのように上手くはめることができるようになってきた。当時は成長を感じて楽しさすら感じていたと思う。

ただ、これは「できること」になったに過ぎない。

本当に「好き」なのであれば、他人のアポを積極的に引き受けているからだ。あくまで業務上必要な範囲で対応していただけであり、別に好きなことではないのだ。

それでも、できることを増やすことは非常に大事なことでもある。「好き」ではあるが、「できる」ことでないと、それはただの趣味であるし、趣味としてもあまり堂々と言いたいと思えるものでもないからだ。

やりたくないこと

そして、上記2つはまだ楽しさが多少なりあるが、それがないのが、この「やりたくないこと」だと思う。

この「やりたくないこと」は時間が少ない方がいいと強く思う。これをやることは、人間が本来持っているはずの活力を奪う行為であるとさえ思う。

かつてよくやってしまったのが、「上司の思いつきに乗ってやる」ことである。ここに自分の気持ちが乗っていないのにやっていれば、それは忖度しているだけである。

そして、それをやっている間は気が乗らないので、精神的にダメージを食らうのだ。

心の病気は、こうした「やりたくないこと」をやっているということと関係性が強いのではと思ってしまう。

他にも、自分にとってやりたくなければ、それはやりたくないことである。例えば、細かい言葉遣いがある。人によってはこれがかなり好きな人がいることは承知している。

助動詞とか、受動態/能動態とか、真剣に考えてみると、微妙なニュアンスの違いがあるのだろう。そして、それは「どうでもいい」と切り捨てる訳ではないが、この言葉遣いについて真剣に話し合う空間についていけない。真剣に話す周囲の様子を見て劣等感を感じることもあったが、それでも議論に乗りたいとは思えないのだ。

どうしても、「どっちでもあんま変わんないじゃん」と考えてしまう。また、例えば、似たような例があり、その書き振りに合わせるのであれば、今はまだ色々資料を漁らないといけない場合も多いと思うが、それを検索機能で一瞬で対応できるようになるのはそんなに遠くないと思う。

それこそ、AIがやればいいのでは、と思ってしまうのだ。

こうした自分にとっての雑事を減らすことが、幸せに直結すると考える。そして、「できること」「好きなこと」を増やしていくのだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲