余った時間を「隙間時間」として捉え直す

私は日々の生活の時間管理は、「たすくま」で一元的に管理している。

日々試行錯誤で、タスクの長さも変えられるのがそのメリットである。

各タスクの長さは時間帯で変えるようにしていて、朝であればタスク数をこなして勢いを付けた方がいいので、10分以内のものも「1タスク」として意図的に入れるようにしている。

そして、そのタスクをプッシュして完了することで、1日の勢いを付けることができる。

逆に、夜については非常にゆったりとしたスケジュールしか組んでいない。タスクが終わって帰宅した後のタスクは、「明日の準備」(15分)「夜シャワー」(17分)「入眠」(1分)の3つのみに変えた。

そして、一応目安時間は設定しているが、それは昼間に今のペースを確認するだけで、タスク完了して帰宅した後は、正確な記録は付けていない。

そして昼時間である。ある程度まとまった時間をタスクをして設定しており、30〜60分のものが多くなっており、そこに問題点があった。

問題点

昼時間は、最大で60分のタスクを作っているが、そのタスクは容易に前後するので、あくまで平均が60分であるに過ぎないものである。

時間が延長した場合は分かりやすく、どこかで穴埋めするしかない。その際は、バッファーを設けているのでそれを潰すか、大きく時間を食えば、タスク実行を諦めることにする。

他方で、時間が余った場合が案外難しいのだ。実際10分とか余ると微妙である。まだ時間があるけどない…ような微妙な感じであり、その余った時間の使い方に悩んでいた。

これはただの自分の気持ちの問題である。前倒しにはできるし、タスクは完了しているから全く問題ないのだが、何か後ろめたい気持ちになってしまっていたのだ。

隙間時間として代用する

そこで思いついたのが、「隙間時間」としての代用である。

そもそも、「隙間時間」自体は、移動時間が少しでもある人にとっては向き合う必要のある問題である。

そのため、「隙間時間に何をやるか」はそれぞれで決めている。それを余った時間に注入するのだ。

これをやることで、想像以上にスッキリとした気持ちになった。恐らくそれが自分に合った形なのだろう。

しばらくはその形で運用しようと思う。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲