良い教育とは何か

「教育」というとどういうイメージがあるだろうか。

特に思春期の時期は、大人たちがいわゆる教育論について「ああでもない、こうでもない」と言っているのを見て、「何でこんな真剣に関係ない人が話しているのだろう」と思っていた。

しかし、諸々の教育課程を終え、社会人になってから、多分に漏れず教育について考えることがしばしばあった。

恐らくこれまで教育制度の中にいたところから外に出てみると、これまでいた世界についてそれぞれ思うところがあり、それを論じたくなるのだろう。

とはいえ、色々自分なりに考えてみると、枝葉の議論はあるものの、大事なポイントというのはそこまでないのではないか、と思うようになってきた。

ここでは4点紹介したい。

体験する

これはもはや教育に限らないが、まず、「体験する」ことは非常に大事だと思う。

幼少期であれば色々なところに行ってみるとか、興味に従って本を読み漁ってみるとか、少しでも「やってみたい」と思ったことがあれば、やってみるに越したことはないと思う。

実際、基本的には、体験して損はないのだ。たとえつまらないことだったとしても、「つまらないと思っていたが、やはりつまらなかった」と分かることは大きい。

そして、かつて「つまらなかった」ことでも「面白いこと」に変わったり、視点が変わったりすることに気づくのも面白い。歴史などは典型例かもしれない。中学生のとき行った京都旅行は神社仏閣巡りの何が楽しいか分からなかったけれども、大人になっていくと、その趣を楽しむようになっていたりといったことだ。

社会人になってから、その重要性を強く感じるようになった。他の人の話を聞くだけでも、大体イメージはできるし、それなりには話の引用で論理構築はできる。

しかし、そこに気持ちがこもらないのだ。製品説明であれば、製品を直接触って、使ってみることで、そこに始めて気持ちが芽生えるのだ。

体験しないと分からない。

否定しない

2つ目は、「否定しない」ことである。

よく学校であるのが、進路への否定である。私自身も、希望する進路を書いた後、学校の先生との面談で、「現実的なものに変えた方がいいんじゃないか」と言われたことがあるし、言葉には発さないが、鼻で笑われたような態度をされたように受け取ったこともあった。

小中高校とかかなり昔の話ではあるが、「否定されたこと」というのは、胸に強く残ってしまうものだ。

そして、否定され、別の提案をされたときに、多くの場合まずはそれに従ってしまうと思うが、少なくとも私は、その妥協された提案に乗って良かったことは一度もなかったように思う。

自分で考えて、結論を出すことこそが大事だったのだ。

結果論からいえば、「それも経験である」という考え方もあるとは思う。しかし、学生時代の葛藤は私にとってはかなり苦しいものだったし、実際、数年間にわたる無気力期間を送っていた。

小さい頃は、否定をされると、どうしても自分自身が否定されたように感じてしまう。たとえ相手にその意図がなくても、知見がないからそう受け取ってしまうのだ。

だからこそ、人格を否定しないということは大事にしたい。

興味あることにのめり込む

3つ目は「のめり込む」ことに関してである。

知的好奇心は尊重すべきであり、肯定されるべきであると思う。私は否定されたところの印象が残っているが、その当時に「バランスを取る」ことなぞは必要なかったのでは、と思う。

物事を極めるアプローチは千差万別ではあるが、そのために必要なことは共通していて、「好奇心」にあると思う。

そして、「やり込む」経験の多さが好奇心の多寡に与える影響は少なからずあるように感じる。

課外活動への肯定

なお、4点目として、ここはここまで述べてきたことをベースにした個別論になるが、課外活動への肯定がもっとされても良かったのではないかな、と思っている。

振り返って考えたとき、偏差値教育については、別に否定はしない。1人1人の個性を精緻に把握することは現実的ではないし、管理が分かりやすいシステムだと思う。

しかし、それでも課外活動に対する位置づけがあまりに低くないか、と思った。学園祭に精を出すこと。サークル活動を頑張ること。バイトを一生懸命やること。…精を出して、そのため一時的に成績が悪化することは良くないことなのか。本気になることの価値を認めてもいいのではないだろうか。

少なくとも誰かがそれを価値として認めてあげることで、自分自身への認識はおおいに変わるのだ。

大人になれば生活がかかっているから、という点が生じるのはまだ分かるし、その観点での否定は人格否定ではないことは理解できる能力がある。

しかし、学生時代については、周りの否定の中で、自分の意思を貫いたエピソードがあまりに多くないか、とさえ思ってしまうのだ。

大学時代でいっても、こうした課外活動は、「就活のための材料集め」という色が少なくとも学生側には強い。その雰囲気が個人的にはどうしても気になってしまう。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

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