結婚観を考える

私自身は未婚だが、ふと結婚について考えることがある。

色々な価値観が変わっていっている今、結婚について考えてみたい。

結婚は地獄?

私自身は未婚であるが、結婚した後の将来のいい話をあまり聞かない。

ポジティブなこともあるのだが、人間の性質としてどうもネガティブの方が印象に残ってしまうし、実際、数としてもネガティブな数を聞かない。

例えば、

・奥さんに怒られ続けている鉄板話をいつもしている

・奥さんに無視されている話

・子供に嫌われている話

などがしばしば耳にする話である。良い側面をたまには聞くが、上記の話の方がインパクトが大きい。完全に同情はできないが、本当に居場所がないじゃないか…とは思ってしまう。

そして、そう聞いていくと、あまりプラスのことには思えなくなっていきそうになる。

結婚という「制度」

まだ2020年現在においては価値観が変わったとまでは言えないとは思うが、変わる兆しは出てきているとは感じる。

結婚は制度に過ぎないので、する権利もしない権利もある。また、離婚に対するマイナスイメージは以前に比べると相対的に低下しているとは思う。

とはいえ、価値観は粘り強く存在はしている。「早く結婚しよう」とかそういう類のことを言う人は相当数存在する。

推奨くらいであればいいのだが、強制したいくらいの口調で言われることもある。しかし、その権利を使うかどうかは自由意思であるとは思う。

あくまで縛られるものではないし、ましてや強制するものではないとは感じている。

なぜ結婚するのか

しかし、結婚という制度は悪くはない制度であるとは思う。

ではなんで結婚するかといえば、結局「承認」が一番ではないだろうか。仕事の関係でいえば、出会いと別れは多い。お互いに信頼してきたと思ったら離れることになることもざらである。

そんな中だと、承認を得るのはなかなか難しい局面も存在する。そんな中で存在を承認してくれる人の存在は大きい。

部族の世界では、子どもが生まれたら、ムラ全体で育てていくところもあると聞いたことがある。そして、50年前とかであれば、そういう地縁も割と存在していたのだろう。

しかし、今はそんな長年にわたる関係性というのは少なくなってきてしまった。そんな中でそれを一定程度確保するという点を考えると、活かし方次第では悪くない制度なのかもしれない。

子どもが欲しいかどうか

子どもは可愛いらしい。今の私にはよく分からないし、それはいざ目の前に自分の子がいないと分からないことなのだろう。少なくともそういう人は多い。

では意味がないのかといえば、子どもを育てる経験は、人間を成長させるとは思うので、その観点で大きな意義があるとは思う。

自分たちの言動を真似て成長するから、言動に注意すること。口を出したくなっても経験しないと分からないので基本は口を出さないこと。

色々と留意するところがあるが、自分たちがすることの影響を受けて育つのは明らかなので、自分の身体で理解できることも増え、成長に寄与することであろう。

他方で、正直いえば、今はまだ育てるほどの余裕はないと感じる。学生時代にこれまでサボってきたツケが回ってきていて、自分の成長で今は手一杯なのだ。

結局、「良いタイミング」なんてものはなくて、結婚とか子どもとかそうしたものは、あくまで起きれば起こるというものなのだろう。

そんな偶然を楽しめる人生でありたいな、とこれまで考えてきて感じる。

ちなみに、自分の子どもには自由であって欲しいと思う。本当にダメなラインはあるが、「ハマれることができる」人であって欲しいと思うのだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

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