運動を日常生活の一環にする考え方と仕組み作り

運動を習慣化するのが難しい

運動を習慣化するのに、これまで散々苦戦してきた。

ランニングを外でするのが一番コストの安い方法なのかもしれない。しかし、私がそれをできたのは小学校のときに宿題の1つとしてマラソンが課されたときだけだった。

よく習慣化メソッドとして、「着替えたらそれでOK」「家から出たらOK」という方法が紹介されていたが、私にはそれさえできなかった。着替える面倒さは尋常ではないし、やるにしてもどこまで走るかとか考えることも多い。

そこで、ジムの利用となるのだが、一時期は行くが、中期的にみれば、行ったり行かなかったりというスパンを繰り返していた。

週の中で運動はしておきたい。そんな中でどう生活に入れ込むのか悩ましかった。

運動の目的は何か

そこで、目的に立ち返ることにした。

そもそもはダイエット目的だった。しかし、それをメインに沿えると運動はコスパが悪い。筋トレで代謝が良くなるのも時間はかかるし、特に運動それ自体で消費するカロリーはたかがしれている。

相当運動しても、おにぎりを食べれば一気に戻ってしまう程度だ。

それでは何を目的に据えるのがいいのか。

一番は、脳機能の活性化である。多くの科学論文があるそうだが、体感としてもそうではないだろうか。運動していた方が集中してタスクをこなせる気がする。

また、ストレスコントロールの観点もある。運動し始めるときには機嫌が良くなかったとしても、運動した後には爽快感を感じるから不思議である。

その上で若返り効果だ。これは舐められないと思う。人によって匂いに対する感受性は異なるが、街を歩いていると、時折強い臭いを漂わせている人に出会う。これは怖い。恐らく加齢臭だと思われるが、匂いは自分では気づかないのだ。

これに限らないが、身体も心も若くあり続けることが重要だと最近思うようになってきた。

運動の仕組み作り

目的をはっきりさせ、特に痩せる効果の認識を変えることで、生活への組み込み方も変わってくる。

結局、色々と試したが、この3つの観点を意識するのが大事だという結論に至った。

活動量

まず第一に、活動量である。現代に生きる我々は、基本的には座って1日を過ごすが、それが良くない。

そもそも狩猟民族時代は今日の食べ物を確保するために歩き回っていたはずだ。文献にもよるが、それは1日8~18kmくらいらしい。そして、換算すると、15,000歩歩くと、ようやく10kmを超えてくる。

単純に歩数を稼ぐようにすることが大事で、動くようにする仕組みづくりが大事である。その観点で、スタンディングデスクとランニングマシンを家に導入した。

一般的には、現代人は6,000〜7,000歩程度しか歩いていないと言われる。他方で、1日中動くようにすれば、3万歩を超えることもあるらしい。

ちなみに、私は意識的に頑張ってみても、2万歩には至れなかった。まだまだ精進中である。

HIIT

第二に、いわゆるHIITと言われることをするのが大事なようだ。

これはよく重要だと言われているが、疲れるし必要性がイマイチ分からなかった。しかし、

狩りの時代をモデリングしてイメージすると、確かにそれも必要だな、と思うようになって来た。

ヤバくなった時に猛ダッシュで逃げるとか、獲物を追い詰めるのに必死で走ることをかつてはしていた。

それに代替するのがHIITである。

色々な方法があるようだが、私はまだそんな複雑なことはできない。基本は、「80%の力でやること」と「インターバル」の緩急であり、それが出来ていればいいと思う。

筋トレ

最後に筋トレである。

これも狩猟時代に立ち返ると、銛で突いたり、捕らえたものを運んだりしていた。HIITと同様に、現代では、どうした活動をしないので、代替する必要がある。

私はかつてはムキムキを目指したこともあったが、今はそれは誤りであることに気づいた。あくまで自分の中でいい身体になれれば、そのレベルでいいのだ。

そして、そのレベルが、狩猟採集生活をしている人のレベルである。

筋トレは、無限に種類があるが、私は、腕・肩・腰・足の4メニューに絞っている。多いとやるのに頭を使うので、シンプルでいいと割り切った。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲