集中を邪魔するものを取り除く

しばしば、目の前のことに集中したいのに、思考が邪魔してくるときがある。人間が妙に色々と考えているのが時に面倒に感じ、その点で動物が羨ましく感じるほどである。

私の中で、「やりたいこと」を「集中してやる」時間が増えるほど、幸せな時間が増えるような気がしている。

そんな状態を増やすべく、集中を邪魔する存在について考えてみる。

集中を邪魔する不安と向き合う

集中を邪魔しているのは「不安」である。現在に集中することが大事であることを知っていても、どうしても将来に対する不安を感じてしまうようだ。

そして、その不安は漠然となっているから自分のパフォーマンスを落とし続けることになってしまう。面倒でも、何を不安に感じているかを具体的にすることが大事である。

そして、その対策を仮でいいから決めてさえおけば、不安は大分薄らぎ、今することにフォーカスしやすくなる。

将来を決めること

「〇〇になれたら/できたらいいな」と思っているだけでは、人間は変わらないし、実際になることはできない。私自身、そのような希望的観測を持っているときには何も叶えられなかった。

これまでの経験からしても、重要なことは、将来を決めてしまうことだと思う。

これは、よく「宣言する」と言われることも多いが、実際、その効果は強いと思うが、人に話すと否定される可能性を考慮すべきだと思う。特に、まだ自信がないがとりあえず言っている段階で否定されると精神的にキツイ。実際の人間は漫画の主人公ほどには気丈に振る舞えない人が大半であると思う。

その点、自分の中で決めるだけで良いと思っている。そして、心が揺らいだときは、自分に言い聞かせればそれで良いのだ。

そして最初は自信がないので言い聞かせているような部分が多いが、その「なりたい姿」に近づくだけで、それが自信に変わるのだ。「やっぱりそうだよな」と思えるから不思議である。

つまり、自分の中で、「こうなる」とだけ決めれば良いと思う。宣言せずとも、決めてからある程度期間が経過すれば、会話の中に自然に出てくる。

できなかった場合の行動を仮決めする

とはいえ、ハードルが高いと感じることに対してはどうしても不安を抱えてしまう。

そこで、仮にできなかった場合、どうなるかを考えてみれば良い。そして、大体において、その場合に生じる大きなデメリットがないことが分かるのだ。

そして、その考え方を次第に大きくしていくことが大事だと考えている。その最たる境地が「死」というデメリットの大きさを如何にありありと感じるかすることにあるように思う。人生において、死ぬことが最大の機会損出であり、デメリットである。それが奪われないのであれば、挑戦してダメでも変なことは発生しないという考え方である。

だからこそ、「死」を身近に感じる経験を積んできた人は強いのだと思う。私自身、まだまだここまで至れていない。

しかし、挑戦が上手くいかなかったらどうなるということをイメージできれば、そのネガティブさを跳ね返す力が発生してくるように思う。

自分の中で網羅的に考える

網羅的に考えることも割と大事なのでは、と最近考えるようになってきた。

昔はこの点を軽視していた。というのも、自分は自分に関連することしか興味がないし、進んでいくことで分かることもあるので、網羅性を考えることに意味が見出せなかったのだ。

それは、「完璧な網羅性」を確保しえないこととも大いに関連している。ここでも妙な完璧主義が顔を出していたのだ。

しかし、人の頭の強みはその連想力にある。類推が強みだ。そう考えると、自分の中で網羅的に整理することは大事だと思えるようになってきた。

自分自身の過去を整理し、現状を見つめ、未来に向けた線を仮決めする。その網羅性を高めることで、将来の漠然とした不安が薄まり、現在に集中できる度合いが上がるように感じる。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲