感情を動かしてコントロールする

先日、久しぶりに突如としてイライラが爆発してしまった。その際、感情を戻すのに時間もかかってしまった。

そんな経験から、感情をコントロールすることについて捉え直すことにした。

平穏な日々が続いていた

ここ最近、あまり感情を激しく動かすことはなかった。

日々は淡々と進むし、自分自身、感情をコントロールすることに意識的ではあるので、腹立たしいと感じることからは距離を置くようにしたり、対応の仕方を工夫するなどした。

そのお陰で、自分自身が感情に振り回されることはなくなってきた。他方で、感情を動かさない日が続くと、「人間らしくないなぁ」と思い、刺激を欲するようなことは時折あった。

機器が上手く作動せずイライラする

先日、PCの操作は合っているのに、なかなか入力道理に作動しなかったことがあった。急ぎの状況であったことも相まって、そのときに非常にイライラしてしまった。

そのため、感情を落ち着けるべく散歩に出たりして、1時間くらい感情を納めていくと落ち着いてきた。

自分でもそんなことで何故ここまでイラついてしまったのか分からない。職場で使用を義務づけられているPCは動作が遅いので腹立たしいと思うことはしばしばあるが、あのときは相当イラついてしまった。

たまには感情を動かした方がいい

そんなイラついて、その後1時間くらいかけて元に戻したときに思ったのは、「感情は適度に動かしておいた方がいい」ということだった。

というのも、普通はイライラした場合、そんな自分に後悔することがしばしばあるのだが、今回は何故か「仕方ないな」と思ったのだ。

時折は感情を動かすような刺激が必要だったのだ。

例えば、映画の感動作を見て魂を揺さぶられる想いをして涙するとか、疲れるけれど激しい運動をして心拍数高い状態を作るとかがあるだろう。

僧侶を目指すのであれば別だが、一般的な人であれば、心拍数を上げるようなことを生活に織り込んでおいた方がかえって安定するように思う。

今回のイライラは、平穏状態に見える状態の中で、気づかないうちに小さな負の感情が蓄積されてしまっていて、それが現れた結果だと感じた。

感情を「上手く」コントロールする

物事のコントロールというと、一般的には行動を抑え付ける方に頭が働いてしまう。

しかし、抑えつけるコントロールは、気づかないほどの小さなストレスを自分に加えてしまっている。

感情とは感じてしまうものである以上、完全にコントロールすることは困難である。感情が持つ無意識の意思をある程度尊重しつつ、その中でも自分の主体性を奪われない生き方を工夫していくことが大事だという教訓を得た。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲