ドリームキラー論について

ドリームキラーとは

夢を語ったときに、「無理だよ」と否定することをドリームキラーと呼ぶ。

そうした現象は割とよくある事象であり、親や親しい友人である人であっても、「辞めておいた方がいい」と言われることは多いと感じる。

逆に離れた人間関係で言っても、関係ない人が批判していたりするのをしばしば目にする。

人間はイメージできないことに対し、未知の恐怖を感じてしまうものなので、ある程度仕方ない部分はあると言えるだろう。

だからこそ注意する必要があり、意識的に人の可能性を狭めないようにすることが大事だと言われる。

実際、私自身、人を否定する言葉を言ったことはあると思う。悲しいことに言った側の記憶は薄く、言われた側は色濃く覚えているという性質がある。

言われたことは結構昔のことでも覚えているが、自分が言った言葉は覚えていないことが多い。

だからこそ怖い。知らぬうちに傷つけ、傷つけられということが多発するのだ。それらは、擬似も含めて経験する中で分かってくるものであるため、なかなか難しい問題であり、統一的な教育が必要な事項であるのでは、と思うこともある。

そのため、ドリームキラーはいるという前提のもとで物事を考えた方が現実的であるといえよう。

自己確信

ドリームキラーへの対策として重要なことの第一は、自分の心の持ちようである。私自身としては、自分の中で確信を持っているかがポイントになってくると思う。

自分自身で確信さえ持つことができれば、割と「それで良い」となり、ノイズで揺らぐ可能性は低くなる。

環境要因

そうは考えてきたが、人間は原始時代より社会的動物だ。

狩猟採集の頃から、団体で過ごして、協力・分業して生計を立てていたのだ。

そして、学生時代を考えても、進路は色々取りうるにも関わらず、その枠組みは環境でそもそもある程度絞られてしまうのだ。

そうなると、ドリームキラーがいれば、そこから逃げるようにすることも大切なように思える。

選択肢問題

環境要因を考えれば、選択肢は複数ある方がいい。ないと絶望に変わる。ここは「環境を変えること」は逃げというマイナスイメージの払拭が必要だと感じる。

他方で、自己確信要因を考えると選択肢は多くは必要ではない。選択肢の多さこそ悩みに繋がる。違っていれば立ち止まる必要はあるが、「この道だ」と思って、突き進むことも重要である。

選択肢は多すぎても少なすぎてもいけない。「迷わない」ということを考えれば、頭でパッと想起できる範囲となり、選択肢が3つくらいあるのが丁度いいのではないかと思う。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲