美しさについて考えてみる

世の中には、絵画や造形物などの美術・芸術分野や、国内でいえば能・歌舞伎など文化に詳しかったり、あるいは音楽に造形の深い方が割といる。

このようないわゆる世間で言われる「高尚な趣味」という分野に、私は関心を抱かず成人してしまった。

生まれ育った環境によるところも多いので、世俗的なことを好んでしまうのはある程度しょうがないな、と思う。

しかし、最近になって芸術関係の「美しさ」に関して興味を持ち始めた。

感性の重要性を知る

そもそも、私は感性面に関してスキルを磨くことをほとんどやってこなかった。そして、どちらかといえば、日本語での説明の仕方とか論理性とかを学ぶのが好きだった。大学1年生のときは、「論理学」の授業が一番楽しいと感じていたほどには興味があった。

しかし、年を経て、経験を得るに従って、感性面の重要性を知ることになっていく。それは、社会人になり、人に対して「納得」してもらうことが大事になっていく中で、論理性を追求することに壁を感じたところが契機だった。

そのため、今では時々映画に行ったり、美術館に行ったりして、刺激はゼロにならないようにはしている。

ただ、丁度興味を深めようと思っていたときに、「13歳からのアート思考」という本をお勧めされたので、購入してみたが、50ページくらいで中断しており、積ん読状態になっている。

あまり無理はせず、関心の高まりに合わせていこうと思う。

価値観と美しさ

そんな中で、人の感性を考えてみると、「美しい」ってなんだろう、という疑問にぶち当たった。

「美しい」と感じるものがあまりに人によって違うので、それがよく分からなくなってきたのだ。しばらくの間、頭を悩まさせていた。

そこで気づいたのが、価値観とのリンクである。美しさを感じるものを並べ、共通点を探してみると、私の場合、「自由」「情熱」と関わるところを形にしたものに惹かれることが分かった。

他の作品でも共感はする。実際、絵画などでは、例えば、「苦しみ」を伝えるものも多く、典型的には「ゲルニカ」など、苦しさが具現化していて、息が詰まりそうになる。

ただ、最も印象に残り、感動するのは「自由」「情熱」の体現である。「サクラダファミリア」などは好きである。

美しいものを探す〜情熱を例に〜

先に「情熱」とは書いたが、情熱の中にも好き嫌いがある。

私の場合は、内に秘めた情熱が、秘めているが隠し切れず漏れ出ているくらいの作品だったり人が好きである。

逆に、人でイメージすると、いわゆる「熱い人」というのはあまり好きではない。出会うと一歩引いてしまうし、押し付けがましさがあるように感じてしまう。

あくまで自分の中に情熱があることであり、それは他人を強制するものであってはならない。

そう考えると、強制感があるのが嫌ということなので、これは「自由」との関連性があったのだ。

美しいと思うものを探求すると、秘めていた新たな自分を発見できそうだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲