羨ましいという感情3〜自由〜

今回は、自由に関する羨ましいという感情について触れたい。

私自身、自由を追求する気持ちが強い。正確には自由が好きというよりは、「縛られるのが嫌い」ということが正しい。

そして、それは親や周りの指導に良い子として従ってきたが、それらは周りが求めていることにすぎず、自分が求めているものがなかったために道に迷ってしまった自分自身の原体験に基づいている。

だからこそ、自分も相手も自由であって欲しいと思う。

命令だけ聞いて従えばいいという生き方は、自分が求める楽しさではないと思う。それは、過去、数回だけ派遣でパッケージングの仕事をしたときに自分の中で確信に変わった(あくまでこれは私に向いていないというだけであり、私の価値観に過ぎない。)。

7時間程度の労働だと思ったが、手は動かしているのに、時間がなかなか経過せず、私にはしんどかった。

稼ぎ自体は他のバイトより良好だったと思うし、荷物を運ぶ時間は多かったので運動にはなっているとは思うが、そこに自由がないように思ってしまった。

この点、先日「進撃の巨人」を一気読みで追いかけて、かなり共感するものがあり、その思いを強くした。

進撃の巨人を読んで

「進撃の巨人」のテーマこそ「自由」である。

作者も発信していた内容であるが、本作の主要テーマの1つは、「奴隷の幸福か、地獄の自由か」というところにある。

本作はフィクションではあるが、本テーマはかなり考えさせられる。そして、自分が後者の生き方をしたいと思っていることを認識した。

本作では色々な価値観を持つキャラクターが存在するが、私が最も共感するのは主人公のエレンである。

特に、心が揺れ動いたのは、エレンが自由を求め出したキッカケにある。仲間がキラキラした目で夢を語るのを見て、自分が何の思いもなく、不自由であることを知るというところだ。

そして、その自由になる道は常に残酷なのだ。それでも選択をして、自分で突き進むのだ。

正直、現代は平和になっているので、そんな渇望した想いを感じることはなかなか難しいとは思う。それでも、本作の自由を求めるサイドで描かれているキャラクターは常に選択し、自分が信じる道を突き進んでいるのだ。

本人としては苦しいことも分かるのだが、そんな様子がカッコいいと思う。時に行き過ぎた価値観に思える場面になったとしても、そんな人でありたいとすら思う。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲