羨ましいという感情1〜言葉の力〜

羨ましいという感情には2つのベクトルがあると思う。

1つは、嫉妬という言葉で言い換えやすい羨ましさであり、自分としても力を入れていたりすることで、自分を大きく上回るパフォーマンスを見せられたときに感じる感情である。こちらの比率が大きいと、自分の不甲斐なさを感じてしまうことがある。

もう1つは、自分の苦手分野だったりして、自分にはないと思っているところで圧倒的な実力を感じたときに思う羨ましさである。こちらは、自分にはないことは知りながら、それでも欲しいと思っていることである。

両者とも、自分が欲しいと思う力であるからこそ、「羨ましい」という感情を覚えてしまう。しかし、この感情があるからこそ、自分が何をしたく、何になりたいのかが分かってくるのだと思う。

言葉の力を活かすこと

「言葉の力」の大きさを信じており、言葉・表現が好きである。

凄いなあ、と思った事例としては、オードリー若林さんが、miwaさんのライブに行ったときに披露していたラップを思い出す。

まず、オードリー若林さんは、ラップとしての歌は音痴ではないが、上手いという訳ではない。だからこそ、完全に言葉で勝負せざるを得ない。

その中で、綺麗に韻を踏み、複数の意味付けをしていた。韻を踏むというのは不思議なもので、それ自体に何の意味があるかといえばない。メッセージ性という意味ではほとんどないだろう。

それでも、このラップを聞くと、「凄いな」と感じる。圧巻のパフォーマンスなのだ。

私は、これまでは、言葉はメッセージ性こそが最も大事だと思っていた。しかし、そうではない。大事なのは、言葉を聞いている人に何かを感じさせるようにすることであった。

何が凄いのか言葉で説明しにくいのだが、確かに心が動いているのだ。そういう人の心を動かすためにする努力は尊いとさえ思う。

自分もそんな人の心を動かすことがしたいと思い、胸が熱くなった。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲