突然やってくる「寂しさ」という感情

「寂しさ」という感情は、突然襲ってくる。本当にふとしたキッカケで襲ってくるので、よく分からない感情になる。

しかし、この感情は向き合わなければならない。遠ざけようというアプローチはかえって気持ちを増幅させてしまうのだ。

ここ数日感突然「寂しさ」を感じてしまっていたので、そこで感じたことを述べていきたい。

精神と肉体

寂しさの原因としては精神と肉体の両方がある。

かつては、肉体であることが多かった。運動していなかったり、睡眠不足が続いていたりすると突如として寂しさを感じたりするのだ。単純に疲れているのに気づかないのだ。そして、肉体の疲れが精神の疲れに直結していく。

睡眠は疎かにしがちな時間だし、運動するのは面倒である。しかし、これらを怠ると、反動が出てきて、その1つが寂しさで出たりしてしまう。

精神は2つある。1つは身体に近い部分で、自律神経使い過ぎ問題である。これは肉体とも連動するが、オン・オフ発揮することが大事だ。

もう1つは、純粋な心の問題である。自分の心のしなやかさがあることと、人との交流があることがそこに含まれると思う。

自分の心の持ちようはもちろん大事で、新型コロナのこともあったので、こちらを鍛えて来た。しかし、今回、他人との交流も時に必要だと感じた。

新しい出会いの圧倒的不足

そういえば、ここ数ヶ月間、新しい出会いがない。

人と会うが、仕事場にいるいつものメンバーといて、オンラインでやりとりがあるだけである。

そこの面が大きい気がする。新型コロナが発生する前だと、割と仕事関係者以外と会う時間がしばしばあったと思うのだが、それがほとんど皆無になっている。

「1人の時間不足」をしていたが、今度は、「人といる時間不足」になってしまっていたようだ。

そこあたりが面倒で修行僧に憧れた時代もよくあったが、人間にはどちらの時間も必要であるようだ。そのバランスが人によって少しずつ違うだけだ。

オンラインとオフライン

新型コロナ発生後、オンラインでのコミュニケーションが圧倒的に増えた。

実際、オンラインでのコミュニケーションは圧倒的に便利であろうと思う。都心と地方、日本と海外など遠ければなおさらその効果は高いと思う。今回の影響でその動きは加速化されるだろう。

同時に、セミナーとかもオンラインで開催することが増えた。実際、話を聞くだけであれば、オンラインでもオフラインとほぼ同様の効果が得られると思う。

しかし、どうも人間はオフラインでの交流がマストな社会的動物らしい。

また、私の場合、オンラインだと、どうしても緊張感が薄れ、主体性が少し奪われてしまうのだ。

何回かやってみたオンライン飲み会は私は全く楽しめなかった。自分からよく話す人は問題ないのかもしれないが、まず喋ろうという気力が湧かないのだ。そしてイアホンから雑談を聞いているのは楽しくない。

そして、打ち合わせなども、コミュニケーションはできるのだが、何度かやっていると、どこか無機質に感じてしまうのだ。

楽しかった打ち合わせ

実際に会って打ち合わせをする機会があった。

この暑い中マスクをするので、さらに暑いのだが、久しぶりにした対面での打ち合わせは、「やっぱり必要だな」と思った。

上手く言語化できないが、実際会って、カメラ越しでなく人の目を見て話し、身振り手振りをみながらコミュニケーションをすることには価値はあるのだと思う。

これからオンラインとの共存が求められていく。「近所付き合い」とか「地縁」という言葉はますます使われなくなってしまうのかもしれない。

しかし、一見非効率な井戸端会議は、必要だったから昔からあり続けたのではないだろうか。

スマホの登場から個人レベルでも時代の進展は早いと感じるようになったと思う。オンラインの世界と上手く共存する方法を見つけていくことが必要である。そして、だからこそ、オフラインをどこで使うかが益々重要になってきそうだ。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲