オードリー若林さんのnote

お笑い芸人のオードリーの若林さんがnoteを始めていることを先日知った。

興味があったので、購読してみると、面白かった。何が興味を持ったのかを述べていきたい。

こんなことを書きたいと感じる

読んでいてすぐに思ったのが、「こういうものを書きたい」と思うということであった。

私は何かしらの本業は別途ありつつも、ふとした瞬間にこんな文章を書きながら穏やかに過ごしていけたら幸せだなあ、とさえ感じた。

私は小説作品を読むとき、「これは書こうと思っても、書けないなー」と思う。しかし、これは、「書きたい」と思うのだ。ロールモデルのように感じた。

特に感じたことは大きく2点あった。

自分が中心に回っている

若林さんの書くことは、常に自分が中心に回っているのだ。私も俯瞰の観点が得意ではないので、そこに非常に共感する。

実際、私個人としても、「読み物」として読むのであれば、そういうものを読みたいし、書きたいと思うのだ。

自分に正直な筆致

読んでいると、非常に自分に素直な筆致であると感じる。

例えば、しばしば文章の中に、「なりたい自分になれなかった自分」について書いてある。普通に考えれば、このコンプレックスの部分は表に出したくないはずだ。それにも関わらず、淡々とそうした自分の悩みとそこに向き合う自分を書いている。

そこには「人間らしさ」が溢れている。その様子が文章を読みたくさせる。

私個人としては、人間らしさが出ることに対して、美しさという意味での価値があると感じている。

芸術作品を見ても、知見が薄いこともあり、あまりピンとこないことも多いが、時折心が動くことがある。それは人間らしさが表現され、伝わったときである。

コンプレックスを文章にし、悩みを言葉にして生きていく様子が泥臭さもあり、共感を覚える。

好きなことを再認識できる

私の好きなことの1つに、「自分と他の人の考え方の違いを知ること」というのがある。

正直、これについては「趣味は何?」と聞かれたときに答えるのは気持ち悪いと思われるだろうから言わないことではあるが、何事も「違い」が面白いし、特に人の個性には惹かれるものがある。

似ている点はあっても、必ずどこかの点で意見は相違するものである。そして、その相違した意見をどう収斂させていくのかというプロセスも興味深い。

逆に、類似性を見つけたとしても、そのルーツは異なっていて、その点も面白い。

ただ、そんなことは、文章には書けても、実際の会話で伝えるのは非常に難しいし、面倒なので、結局趣味は読書・バスケ・水泳という無難なものを言うようにしている。

この点、若林さんは、私のアプローチとは逆であるが、考えが似ている人への興味が非常に高いようだ。興味を持てば、そのルーツを探すことも好きであるようだ。

そんなことを世間に圧倒的に認知されている若林さんが書いてあることに勇気が湧く。

あ、自分では「こんなこと言ってもなあ…」と思っていたことでも、文章に書いてもいいんだ、と。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲