「不安」と「安心」という私にとってのキーワード

不安・安心という言葉を聞いたときのイメージがあまり良くないと感じています。少なくとも私にはそう見えます。

不安は行動しないことの原因として捉えられるし、安心は保守的な意味として捉えられることがしばしばあるからです。

しかし、私にとってはこの2つの言葉は大事な言葉であると考えるように捉え方を変えると気持ちが楽になりました。

言葉は決められたものではありますが、言葉が意味することは、最終的には自分が決めるということを伝えたいです。

不安

不安という感情を、昔は良くない感情として捉えていました。しかし、今は私に降りかかる大事な信号と捉えています。

不安の声は虚構であるという考え方もあります。だからこそ不安には耳を傾けるな、と続きます。そして、それはある文脈においてその考え方は正しいです。それは、不安により行動できなくなっている場合です。

しかし、私の場合、「慎重さ」という私の持つ強みとの関係から言ってもその感情を重視することが必要です。

不安という感情がアラートのようになっていて、その不安をしっかり自分の中で潰しておくことこそが大事なのです。

何より、ネガティブな方向かもしれないが、その確認作業で私は行動しています。次の積み重ねる行動を決めるまで、考えられるリスクを検討していくのです。

この点、「ワクワクする方向にとりあえずやってみる」という考え方がある。ポジティブな考え方で、1つの考え方として多くの人が大事と捉えがちな考え方です。本の教えとしても多いです。

それに反して、現実・実利的な考えの私は、「ワクワクという感情」と考えた途端、どうしても腑に落ちないのです。

しかし、よく考えてみれば、積み重ねる行動を決めるために、不安を潰していく作業は、このワクワクする方向にとりあえず行動することと、実はやっていることは一緒です。

これまでは、ワクワクという方向で考えられない自分が嫌になったりしていました。しかし、実際は、やっていることは一緒で、ただアプローチが違うだけだったのです。

人の言葉は人の言葉に過ぎない。人の言葉は自分の文脈では理解できません。自分の言葉で言い換える必要があったのです。

自分の言葉で紡ぐとき、どういうことを意味しているのかを考えることが重要だったのです。

安心

安心という言葉も好きではありませんでした。保守的であり、ぬくぬくとした環境に留まっていると思われる単語に聞こえてしまっていたからです。

しかし、私にとって、作業をするときは安心の環境がいいです。

仕事を例にします。私はマルチタスクをしてしまうと強みを発揮することができません。だからやることを少数に絞ることが多いです。

そして、そんな時、他を捨象します。ただ、その捨象するためには、安心している必要があるのです。

人間関係でいえば、優しく、メンバー全員に声をかけ、気持ちに寄り添えるメンバーがいたりすること。

仕事のやり方でいえば、マルチタスクが得意で、バランスよく注意を払える人がいること。

そういう環境であると、しっかり捨象できます。

物事を進めるには準備が欠かせないと思っている。そんな準備も、時間がかかる。こんな時に安心して準備ができると助かるのです。

だから安心も大事なことです。決して安住している訳ではありません。あくまで刃を研いでいるのです。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲