好きなことを好きなことだと言えるようになること

周りの目を気にしていた

小さい頃から大きくなるまで、周りの目を気にして生きてきました。

小学校時代まで、私の人生の軸は「褒められたこと」と「怒られたこと」で構成されていました。

学業・運動など褒められました。あくまで田舎町の1小学校でではありますが、当時の私には世界の広さを知る術はありませんでした。とにかく周りの人に褒められることをモチベーションに過ごしてきたと思います。実際、褒められることで、周りが笑顔になるので、それが「良いこと」だと思っていたのだと思いました。

もう1つは「怒られたこと」です。褒められることも多かったのですが、特に私の父親は弁が立つタイプだったので、できないときに相当言葉責めに逢いました。殴られることはなかったですが、小学生にとっては言葉の暴力といえるほどには精神的にダメージがありました。これを避けることも重要な要素でした。

そんな幼少期を過ごしてきたので、褒められるようなことはやり、怒られるようなことは避けるということを自然にやるようになってきました。

時代背景〜オタクへの偏見〜

今ではこの偏見は大分薄れてきていると思いますが、私が学生時代のときは、「専門性」が「イケてないこと」と繋がりやすい環境にありました。

オタクという言葉が現れ、電車男という作品が象徴したように、オタクへの目線は冷ややかでした。

そして、学生時代の私は見事にその考えに染まり、それが独自に発展し、専門性に対する偏見に繋がりました。

そうしたことも自分の好きなことを心のうちに閉じ込めておくことに繋がりました。

自分の思いを押し殺していた

「褒められることをやり、怒られることを避ける」という生きるための自分なりの処世術には大きな弊害がありました。それに上記の環境要因から来る自分の誤解が重なっていきました。

それが、「自分の思いを押し殺していた」ということでした。好きなことを好きということができませんでした。

気づいたときには、「好きなのはなんで?」と聞かれた場合、「何となく」の部分もあるので、それを言わない方が怒られないという思考になっていました。

音楽の趣味を例にあげてみます。

私は、学生時代、Mr.childrenさんの曲をよく聞いており、実際好きでした。

しかし、それは周りとは違いました。周りは、当時流行っていた、ORANGE RANGE・Aqua Timezだったり、女性シンガーだったらYUIがよく聞かれていたと思います。

そうであることから、自分の好きな曲を聞くこともしつつ、流行っているものはしっかり追って話についていけるようにはしていたのです。

カラオケも好きな曲をサラッと挟みながら、万人受けする曲を多く歌い、カモフラージュしていました。

実際、Mr.childrenさんが好きだという想いはほとんど誰にも話すことはありませんでした。

苦手分野で頑張って苦しんでいた

この自分の想いを閉じ込めることは自分の長所を殺していました。

私は、他人が喜ぶことによる幸福度合いの向上は低いタイプなのに、それを求めていたのです。だからひたすらに辛く感じていたのだろうと思います。

むしろ、私は自分で行動することと、影響を与えることの方が自分の得意分野です。言葉にして発してしまった方がいいのです。

他人が喜ぶことが自分の喜びになるタイプは一定数います。そして、私の周りはそうした人に囲まれていました。

だからそれが1つの価値観であり、その考え方を取るのは自分自身で選択できることに気付けなかったのです。

自分の好きなことは自分だけが好きでいい

なぜこれまで「好きなこと」を封印してしまったのかと言えば、覚悟ができていなかったということにつきます。

それは、「自分の好きなことは自分だけが好きであってもいい」という考え方です。自分が好きならばそれは好きなことなのです。

誰に怒られようが気にすることはなかったのです。理由は単純です。自分が好きなのだから、他人が自分のことを批判しても自分の想いは変わらないからです。

それを覚悟することができていませんでした。

もちろん、共感してくれたら嬉しいです。プラスではあります。しかし、たとえ誰も共感してくれないとしても、自分がその状態が幸せならそれで良くないか、とも思うように徐々になってきました。

例えば、私は、海で水平線を見たり、山頂からの景色を眺めたり、草原にいたり、自然の環境でぼーっとしているのが好きです。自分が何も縛られず自由であることを感じることができるからです。

しかし、その価値観は共感されないことも多いものです。実際、旅行に一緒に行った友人にとっては、ちょっと見たら単調な景色に感じて、飽きてしまうとのことでした。

それでも自分が好きならそれで良いのです。

また、個人的に、博物館などでガイドさんの説明を聞きながら、説明文に目を通しながら、自由に質問できる環境で、歴史・文化を知ったりするのも好きです。

しかし、それも、「物を見てその物から感じることを大切にしたい」人もいるし、「そもそも博物館・美術館とかには全然興味ない」人も結構います。

人それぞれで良かったのです。

自分が自分で作った思考の枠組みに苦しんできたからこそ、お互いがお互いに過度に干渉せず、自由な世界でありたいです。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲