学ぶことに意味はあるのかという疑問と現時点での答え

私の頭の中に長いことあった疑問として、「学ぶことに意味あるの?」というものがありました。

もちろん、形式的な答えを適当に並べることはできます。しかし、私の中で、自分が納得する答えは出ずにいました。

少しずつ自分なりの答えが見えてきたので、記事化しました。

「覚えている」という幻想

中学・高校時代、TVを見ると、よくクイズ番組をやっていました。

いわゆる「おバカタレント」というジャンルが確立されていたことが典型的でしたが、「クイズによく正解する」「クイズに基本間違える」ということが1つのキャラクターとなり、多くのタレントが排出された時代でした。

私の家では、夕食を食べるときにTVを見る文化になっていたので、夕食前後ではそのクイズを解いたりしました。今から考えればかなり受動的な姿勢で、見ていて別に楽しい訳ではないのですが、基本的に夜のバラエティにクイズが多かったのでずっと見ていました。

そして、そのクイズは大体が、中学生・高校生で習うもので構成されていました。基本的に知識問題なので、親よりも自分の方が正解することも多かったのが印象に残っていました。

そのときは、習った知識こそ常識であるのように思っていたので、「なぜ覚えていないんだろう」と疑問に思っていました。

学ぶことは無意味なのか

しかし、高校時代までの教育が終わると、基本的には、「知識を詰め込む」ということが不要になります。

もちろん、資格試験やテストなどは大学以降も存在はするのですが、範囲がごく限定的になります。

そうなると、何が起こるかといえば、高校までで覚えていた知識が忘れていくことになります。これこそクイズ番組が分かりやすい指標で、正解率は落ちてきました。

その現実を体験したとき、「自分は何のために学んでいるんだろう」と分からなくなりました。正確には高校時代も少し思うところはありました。高校時代でさえ、中学でしか習わないことは忘れていたりしているのです。

「勉強」には意味がないのではないか、と思ってしまっていました。

無意識に入れば記憶に残る

勉強に意味などないのではとしばらく思っていましたが、そんな中で、よく考えてみると、

運動については違うことを認識してきました。

典型例が水泳ですが、おそらくベストタイムは落ちているにせよ、今でもある程度は泳げるし、運動神経の良い素人であっても、水泳では負けないな、と感じました。

自転車も同じです。しばらく乗っていなかったとしても、少しだけ慣れる時間があれば、すぐに乗れるようになるのです。

そんなところから、あくまで運動面という限定的なところではありますが、無意識レベルで記憶に留めておくこと自体は大切なことなんだな、と知ることができました。

とはいえ、知識の分野ではその実感はなかなかできません。そして、まだその体験は足りていません。

ようやくの始動ではありますが、まずはボディメイク等で自分の身体で実験を積み重ねているところから始めました。

「行動」に焦点を当てる

一部の運動から少しずつ派生し、知識についても考えられるようになってきました。

そして、これまでの私は、「知識」について焦点を当てていたからこそ、その忘却に対して絶望感を抱いていたことに気づきました。

誤解していましたが、「知識」それ自体というよりも、「行動」に焦点を当てることが大事だったのです。もちろん、知識が必要になることもありますが、あくまで行動という目的を達成するための手段の1つとして知識があるということに気づけなかったのです。

例えば、私は1年前に比べると、格段に仕事の効率が高まりました。あまり定型業務がないので、定量比較はできませんが、そう感じています。

そして、それは書籍を読んだこともありますが、一番大きかったのは、タスクシュートの考えを実践し始めたことでした。

これにより、マルチタスクをして、意識が分散することが大きく減少しました。

知識を得るだけに意味は全くなくて、このように自分が「やりたい」と思った行動をして、それを継続していくことで、自分にとってより「良い」生き方をしていくことに、生きる意味があると考えています。

本からの学び〜1つ印象に残れば良書〜

これまで知識偏重だった私は、読書を重視していました。どこで最初に見聞きしたのかは覚えていませんが、「本にお金と時間を惜しむな」ということを見たのは明確に覚えていて、本に対しては、ケチケチすることはしていません。

ただ、本を読んでいく中で気づいたのは、「数ヶ月経つと基本的には忘れている」ということです。恥ずかしくてあまり書きたくなかったですが、記憶の悪さに怖くなり、記憶術・読書術のセミナーに行っていた時期もありました。実際、1回の読書で終わった本については内容のほとんどを忘れてしまいます。

それは、本からの学び方を間違えていました。別に本から得ることは書いてある知識を得るためではないのです。本の内容を行動に移すことです。

色々と言われていますが、私としては、色々書いてある中で、1つの気づきを得て、1つ実行すれば十分だと思っています。それで十分元は取れているのです。

例えば、食事の本を読んで、これまで白米を食べていたのを玄米のみにしたとします。そして、それを1年継続しているとします。そうすると、食事後眠くなくなったとかイライラしにくくなったなどが起こります。その場合、本のそれ以外の記載は無視しているとしても、それは本による学びを明らかに得ているといえるのではないでしょうか。

考え・思考の関連記事は他にもたくさん!もう1記事いかがですか?

↓記事はこちらです↓

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲