価値観の違いに寛容であること

周りの人から、「〇〇した方がいい」「〇〇は辞めておいた方がいい」としばしば言われて育ってきました。

実際、今でもしばしば言われることがあります。

ただ、どうしても正義の押し付けに感じてしまい、違和感を覚えます。

アドバイスを求めていれば全く別なのですが、求めてもいないときに、「〇〇すべき」と言われると疑問が湧きます。

よく分からないのが、なぜ人は人のことがこんなに気になるのでしょうか。

不寛容な構造がその原因だと感じており、「寛容」が重要であると感じています。

自己責任論

物事を考えるとき、私は基本、自己責任論の考え方に立つことが多いです。

自分のことは自分でやるということです。「自己責任」というと悪いイメージがありますが、その分、個人の自由が保障されていることの裏返しでもあると捉えています。

強権的介入が必要な場合

ただし、すべてがすべて自己責任という訳にはいきません。

例外はいくつかあり、特に、「依存性があるもの」に関しては、時には強権的な介入も厭うべきではないと考えています。

本当に依存は恐ろしい話で、身近なものこそ怖いものです。

アルコール度数の高いお酒がコンビニに置かれるようになり、1回飲んでみたところ、半分も飲んでいないのに頭がクラクラする感覚がしたとき、さすがに恐怖感を感じました。

また、砂糖を代表として食べ物にも恐ろしさがあります。例えば、カロリーの面では人工甘味料は優秀なのですが、甘さを感じる機能は残っており、場合によっては砂糖より甘かったりするので、砂糖よりも依存度合いが強いと感じています。

そして、男女問わずスイーツが食べる文化にもなってきて、コンビニにも当たり前に置かれるようになり、スイーツが一般化していっています。生活習慣病との関係性も有為な数値として示されていく日も遠くないのでは、とも感じるほどです。

他にも、パチンコ・競馬などもハマり過ぎには注意なものです。私自身はそもそもギャンブルへの関心が弱い人間なのであまり分からないのですが、外的刺激に弱いタイプほどハマりやすいようですし、一度ハマると抜けるのは至難の業です。

セーフティーネットは必要

自己責任の例外として、強制的な介入についても述べましたが、この他に、セーフティネットも重要だと感じています。

ここでいうセーフティネットというのは、人が安心できることです。

海外の文化についていくつか耳にする中で、基本的には価値観の違いを実感するところで止まるのだが、これは大事だと思うことがあります。

それは、「失敗に寛容な文化」ということです。

日本は、失敗に寛容とはさすがに言いにくいと思います。ビジネスでいえば「破産」等の言葉に対するマイナスイメージは大きいですし、プライベートでも、離婚した場合に言われる「バツ1」「バツ2」と言った言葉は、「離婚=失敗」であるかのような言葉の使い方になっていたりと、様々なところに影響が及んでいます。

しかし、実際の人間は、そんなに器用に成功できません。いくら助言があったとしても、自分がやりたいならやってみないと分からないのです。「だからみんな反対していたんだな」と失敗する前には気付けないものです。

基本的に、何事も一発で成功することはないのです。

失敗に対する寛容さは極めて重要であると感じており、この点については、私自身学びを深めていきたいところです。

まず失敗して、そこから一歩ずつ這い上がっていくものです。

結局、正義に正解はない

諸事に関して、意見は人によって違うものです。そして、それでいいと思っています。

大事なのは、正解がないからこそ、自分なりの正解を持つことです。その上で、人によって正義が異なり、それぞれを尊重していくことが大事だと感じています。

まずは自分でそうあると共に、そんな環境でいることを求め続けようと思います。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲