【映画評】Fukushima 50〜事実を基にしているからこそ出てくるリアリティ〜

本作は、福島第一原子力発電所の事故に際して、初期対応について右往左往しつつも、最悪のシナリオは免れたところまでを描く物語です。

一番の魅力は、事実が基になっているということだと思います。それぞれのシーンの緊迫感も伝わりますし、心に感じることもある映画でした。

人間の無力感

この作品を見て一番感じたのは、人間の無力感です。

いざというときに1人の人間ができることの限界を多く感じます。

作品でも、最後に「結局、何が功を奏したのか分からない」と言っています。

実際のシーンでも、2号機にいた職員が、「いても何もできないから退避したい」と訴え出るシーンがありました。

何が正しいかが分かるようで分からず、刻々と状況が変わる中で行動していく必要がある局面が描かれていました。

何が正しいか分からないが、それでも行動し続ける様子が淡々と描かれています。

立ち往生しそうなシーンが次々と発生します。それでももがき苦しみながら判断していく様子には胸が打たれるものがあります。

吉田所長

吉田所長は東京側と現場の調整役となっていますが、見事に板挟みに逢い続けています。

映画を見ていると同情したく感じる役です。彼をサポートする者がいない状態です。もちろん伊崎当直長との同僚としての絆はあるものの、孤軍奮闘している様子が描かれます。

本作は、組織のマネジメントについて強く考えさせられる作品でもあると感じました。

彼が板挟みに遭いながらも決断し、行動させていく様子は何ともいえない力強さを感じた。

電力会社本社、首相官邸

東京にいる人々は、現地の意思を邪魔しているように思える行動を取ります。

ただ、一番印象的だったのは、最後の一難を避けた後のトップの顔の演技が印象的でした。

周りは喜んでいるのに対し、トップだけは座って真面目な顔をしたままだったのです。

まるで自分が無力であったことを噛み締めていたように見えました。

幸せは身近にある

本作では、現場で取り組まれていた方々にそれぞれ家族がいる描写が要所要所でされます。

家族が心配しながらも、何とか切り抜けようとして、色々と足掻いていく様子が描かれています。

そんなシーンを見ると、幸せは身近なところにあることを改めて思い知らされます。

IT技術もそうですが、現代の技術はどんどん複雑化してきています。

現在、1日のうちで最も触っているのは自分のスマホだと思いますが、それすら、壊れたときには、自分では直せないのです。

そのくらい高度化した技術と付き合うこともまた大事ですが、幸せは身近にあり、それを大切にすることもメッセージに込められているように感じました。

総理の印象的な演技

ちなみに、本作では、「総理」とだけ呼ばれている人がいます。

正直、事実がベースということから、モデルが誰かを明らかにしているようなものではありますが、それを佐野史郎さんが演じていました。

モデルの方が実際そんな感じだったのかなぁ、と思うくらいに、非常に印象に残る演技でした。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲