生きる意味は自分で作る〜ワガママに生きていい〜

歴史から学ぶ

義務的にした試験勉強は好きではありませんでしたが、歴史を学ぶことは好きでした。歴史の本を読んでいると大変面白いことが分かります。

SNSをはじめインターネット時代が到来した現代は、過去に比べて批判の声をダイレクトに受けやすい環境にはなったと思います。そのため、いわれのない批判を受け、精神的にダメージを受ける可能性は上がっているとは思います。

それでも、歴史を学ぶと、今ははるかに安全になっていることが分かります。「死ぬ」という結果を招くことはないのです。

昔の英雄はすぐに死んでしまいます。中国史を見れば兄弟でさえ殺し合いをしているし、ヨーロッパ史を見れば、ギロチンをはじめとした多くの処刑が執行されていたりします。

また、世界大戦では、双方の陣営で多くの方がなくなっています。

そして、戦争史に限定せずとも、昔は疫病も多かったし、何より寿命が短かったことも分かります。「縄文時代は30台が平均寿命だった」と言われても、未だにイメージがつきません。

歴史を学ぶことで、今は色々な挑戦ができる土台が整っているじゃないか、と思え、希望が湧いてくるのだ。

人間が生きる意味はない

しかし、歴史を学んでも、私自身は基本的には悲観的な考え方をずっとしていました。それは、「生きる意味が分からない」という疑問を抱えていたことです。

一般的には、生物の生きる意味は繁殖することを通じて、命のバトンを繋いでいくことにありました。

しかし、他の生物とは異なり、人間はあまりに数が多くなり過ぎました。世界に70億人もの人類がいる中で、人類が絶滅するような事態が生じる可能性はほとんどなくなってきています。

生存は当たり前になっており、さらに医療技術の進展で、今や「人生100年時代」とも言われるようになってきたのです。

だからこそ、生物としての人間は、生きる意味がないくらいにも思えるのです。

生きる意味は自分で決めるしかない

生物学的には、個々の人間が生きる意味は薄くなっています。しかし、社会的な視点に立ってみると、生きることの意味を作り出すことはできます。

結局、人間にとって生きる意味は、自分で決めるしかないのです。

高校時代からモヤモヤと「生きる意味って何だろう」と悩んでいましたが、「自分で決めろ!」という話でした。

現代は、時代が変遷している途上であり、「その人しかできない仕事」はドンドンなくなってきています。かつての「職人の技術」も、機械で代替できるものが増えていっています。

組織で働いていても同じです。自分がやらなかったら、誰か他の人がやるだけです。

だからこそ、自分の価値観・それに基づく思考が大事になってくると思います。「自分らしさ」は、そこから行動・結果にどう繋げるかということにも繋がり、ドンドン自分らしさが現れてきます。

これまでの私は、自分で納得していないことも、嫌だなと思いながらもこなしていました。納得していないことをやるのは人より苦手なので、非常に埋もれる生き方を送ってきました。

しかし、それだと自分が楽しくなかったことに気づくことはできました。自分で自分を殺していました。ワガママでいいし、自分から合わせに行く必要などなく、考え方の違いを楽しめばいいのです。

まだまだ価値観を探している段階ではあります。

しかし、その第一歩として、他人に気を遣うことは辞めると決めています。それでも無意識が働き、人の目が気になることはまだまだありますが、自分がどう思い・感じるかを大事にしていきます。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲