仕事の面白さを入試・テストと比較しながら考えてみる

私は、学生時代の勉強に対し、苦しい思い出が残っている。学習することに対して、義務感を強く感じていた。

もちろん、人並みに、「もっと勉強しておけば良かったな」とは思う。しかし、戻りたいか、と言われると戻りたくはない。

それに対して、仕事をすることは非常に面白いと思う。大学時代にやっていたアルバイトも、塾講師はイマイチだったが、洋服屋さんでやったときは面白かった。

何が面白いと感じるかといえば、人の存在が大きいと思う。そういえば、昔から生徒会とか部活とかサークルとか団体の中で活動する時間は楽しかった。

もちろん、仕事で嫌な場面は少なからずある。でも、考えてみれば、入試よりは楽しいな、と思えるのである。

4つの軸で比べてみたい。

義務感が薄い

1つ目は、義務感という軸である。

捉え方は人により違うが、仕事の方が、入試やテストよりも義務感が薄いと私は感じた。

もちろん、一見すれば、テストや試験の方が自由意思で受けている感じはある。もちろん、いわゆる「大人の資格試験」は完全に自由意思であるといえよう。

でも、中学や高校で自分で考える力など、無いに等しい。実際、周りの影響をかなり受けてしまう。

私自身、周りは公立中学に行く人が大半だったので、私立も選択肢を持ったことがないまま中学校に進学し、高校受験を経て、高校では大半が大学に進学したので、大学に進学した。

今振り返ると、「流されていたな〜」と思うばかりだが、大学受験のときは面接もなかったのでので、恥ずかしながら、特段行く目的すらなく受けていた。

ほとんど義務感しかなかったのである。実際、お金を稼いでいない学生時代は、勉強することは義務だと言われてもきた。

それに対して仕事は、一見、義務感があるように見える。しかし、よくよく考えてみれば、「やらなきゃいけない仕事」なんて存在しない。

自分が仮に何もしなかったとしても、社会は回るのである。組織にいればよりそれは顕著で、仕事をしない人がいても、誰かがやって回しているのを感じることができる。

義務感があるようでいて、ない。

もちろん、義務感が強めな仕事はある。それでも、ある程度やろうと思えるのは、「あくまで約束をしたから守りたい」と思うからやっている。

思えば、そこには自由意思が相当あるように感じられた。

情熱も大事な要素となる

2つ目は「情熱」という視点である。

テスト・試験の場合、そこにかける情熱は直接的な意味をなさない。

しかし、仕事でいえば、情熱などの気持ちも結構大きな要素となる場面がしばしばある。

例えば、パフォーマンスを見てみると分かりやすい。

よく「心を揺さぶられる歌」というものがある。

そこにはテクニックも存在しているが、何が心を揺さぶっているのかといえば、そこにかける情熱だと私は感じる。

本気でやればやるほど、それは伝わると信じている。

だからこそ、仮に実力が下手であっても、情熱があること、今後の成長の見込みがあることで見出される場合もある。その判断が誤っている場合もしばしばあるが、成功例もあり、少なくともそれは機械的な判断の中からは見出すことはできない。

しばしば、「命をかけているように見える」パフォーマンスは存在する。そして、それをやっている人が、テクニックでそう見せられることは聞いたことがない。

人間の目が入る以上、ここに不公平は生じるのは事実であろう。しかし、社会は人間が作り出している以上、人間関係が生じるものである。

逆に、完全に平等な世界を作られてしまうと、私は気持ちが悪い。

そういう情熱に人間らしさを感じる。面白いと思う。

意地と執念

3つ目は、意地とか執念とかいうものでさえ、役に立つということである。

仕事の場合、突如降りかかってくる案件というものが存在する。

その時に、意地・執念といったことが重視される。やり遂げるだけの意地があるかというようなことが要求されることがあるのだ。

その泥臭さがいいな、と思う。

私は、数学での鮮やかな解法を見ても、私は特段テンションが上がることはなかった。先生と熱心な生徒は興奮していたが、私には分からなかった。実際、学問的にはそれは間違っていると思う。

でも、人間の変化は見ていて面白い。

トライ&エラーができる

最後は、トライ&エラーができるということである。

仕事の場合、もちろん「本番」といえるような状態は存在するが、それはたくさんの準備の進めた後の結果に過ぎなかったりする。

むしろ、その経過が重視されているように感じる。実際、どういうプロセスを踏むかによって結果は異なってくる。

そして、そのプロセスでは多くのミスをしている。そこから学ぶことができる。

それに対し、入試・テストの場合、プロセスはどんな形でもいいから、ひたすらに結果が要求される。

仕事における成果主義よりも成果が要求されている気がする。

一応、中間テストとか模試というものも存在する。しかし、その結果は全く本番と関係はない。本番で成功すれば成功である。

プロセスを何ら評価しないのが、キツかった。公平な基準を敷くためということではあろうが、私には檻に閉じ込められた感覚があった。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲