「年末年始は時間がある」という錯覚を知る

「年末年始だから時間がある」と思うと、大体上手くいきません。

時間管理について学習するにつれ、そのズレは減ってきましたが、まだ少し楽観視してしまう自分がいます。

あくまでいつも通り+αが出来る程度に過ぎません。私の場合、いつもより、「買い物の時間」を増やして生活必需品の揃えをよくしていますが、その程度です。

それにしても、どうして「時間がある」と錯覚してしまうのでしょうか。錯覚の構造を考えてみます。

まったりした空気感がある

年末年始では、「休み」となっている人が多い状態になります。もちろん、サービス業などはやっているところもありますが、「年末年始は休み」などというお店も多く、多くの人が休んでいます。

そうすると、空気感としても、非常にまったりとした感じがします。例えば、電車に乗れば、気が張り詰めた人はほぼいなく、柔らかい雰囲気が漂いますし、カフェの中もいつもより「1人のお客さん」が少なくなっています。

また、帰省する方も多いため、東京では人口が減る時期になります。そのため、いつもより人がいないため、それだけでも時間がゆっくり流れるように十分感じます。

そんな全体がまったりした空気間の中でエネルギーを使うのは、どれだけ周りが気にならないタイプでも、いつもよりはパワーを使うものです。

そもそも時間はあまりない

年末年始の時間についていえば、時間があるように見えてそこまでないという点も留意が必要です。

土日を含めているので長く見えるのですが、そもそも、平日でみれば、単純に5日休みになる程度の休みに過ぎないのです。

5日間の休みだけでは、「まとまったことを一気にやる時間」としては少ないです。

そして、その間には伝統行事も多くあります。やるかどうかは家庭によりますが、例えば、

・年末の大掃除

・年越し蕎麦

・神社・寺院等へのお参り

・年始の挨拶まわり

・年始の集まり

・おもち、おせちを食べる

・年賀状タスク

などを列挙して、その時間を引くと、単純にそこまで時間がある訳ではないことが認識できます。

しかも、これらのタスクは、「時間がかかるタスク」が多いのです。

年始に目標をいきなり立てることはできない

過去やっていましたが、年末年始にやることの代表例として、「前年の振り返りをして、翌年の目標を立てること」があります。

しかし、このタスクは思ったより時間がかかり、苦戦するものです。

年末の振り返り

こちらについては、「どこまで振り返るか」によりますが、やることは可能です。あくまで自分がこれまで過ごしてきた日々を振り返ることになるので、事実をベースにして考えることができます。

年始の目標

こちらが特に「やろうとしてできないこと」の代表例です。

とはいえ、その理由は簡単で、単純に「これからの365日をどう使っていくか」を考えるのに、単純に3日程度で考え切れるはずがないのです。

しかも、それを考えるのには想像力も要るし、パワーも使うのに、まったりした空気が流れていたり、イベントが発生するので、難易度が上がります。

一応それなりのものを考えることができはしますが、その程度の時間で考えたものなので、それなりの出来になってしまうものです。

私は、年始に目標を立てることは辞めました。私は、目標設定の際は、逆算手帳を使いますが、現時点では、10月から着手し、12月前半くらいに終えるのがちょうどいいペースかな、と感じています。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲