個性を大事にしたい〜違和感から感じる自分の価値観〜

話を聞いていて、違和感を感じることがたまにあります。

これまでは違和感を感じても流していませんでしたが、それを見つめることで、自分を客観視するヒントになると思いました。

違和感を感じる話題はまだいくつかありそうですが、今回は、人がそれぞれ持っている「個性」についての話になります。

典型的なラベリングに対する強烈な違和感

人には、誰しも大なり小なり大切にしたい価値観を持っており、人によっては、ある話をすることは「地雷」だったりします。

私自身は、人にはそれぞれの個性があるので、できる限り尊重したいとは思っているものの、人が人を分類しようとするときに、時折、強い違和感を覚えることがあります。

全てではないですが、下記のようなときに、ものすごくゾクッとするような良くない感覚を抱きます。

出身の学校

「彼・彼女は〇〇大学だからなー」という会話をしばしば耳にしますが、その会話自体に凄く違和感を覚えます。

あまりに耳にするので、自分の発話としても使ってみたことはあるのですが、自分の中では違和感しかなかったものの、周りの首肯する反応があり、一般的には違和感がないとされているように思います。

しばしばあるのが、「あの人凄いよな。東大だからなあ…」という類の会話ですが、「それは因果関係になっていないのでは?何が言いたいの?」と思ってしまいます。

「凄い」ということが言いたければ、凄いところを言えばいいです。あるいは、「変な人だよね」と言いたければ、そう表現すればいいのではないのか、とどうしても思ってしまいます。

比喩として使っているということなのかもしれませんが、どうしても、そのラベリングの精度の低さに違和感を感じます。

仕事の業種

業界ごとにそれぞれの文化があり、その文化を知るために会話をすることは理解しています。

しかし、「〇〇さんは△業界らしいよね」というラベリングをされると、「ん?」と思ってしまいます。

もちろん、会社員であれば、そこに所属する個人はあくまで一員に過ぎませんが、それでも、人はそれぞれ違うのです。

会社外の場では、会社と付き合っている訳ではなく、人と付き合っているはずです。

しかし、人の個性を否定しているように感じる言葉を聞くと、先の例でいえば、「△業界にいる」という意味でその人への興味があり、「その人」自身の存在はどうでもいいと感じているように見え、違和感を感じます。

昇進論争

カフェでしばしば聞く会話として、「〇〇は課長に昇進した」とか会社内での昇進の話をしているのを良く聞きます。

同期とか近くの期の方の話をしていると推察されますが、こういう類の話を耳にすると、胸の奥がゾワっとする感覚を覚えます。

なんのためにその話をするのかが分からないのです。もちろん情報交換の範囲であればいいのですが、関連の話題を長く話していると、「何を言いたいのかなあ」と感じてしまいます。

人間との付き合いを大事にしたい

価値観は人によって異なるし、他人に自分の価値観を押し付ける気は全くないのですが、「自分の価値観は自分がしっかり大事にしよう」と感じました。

周りに流されて、周りと同じ話し方をしないようにしようと思っています。先の「出身の学校」のところで、自分で話してみたことに触れましたが、そうしてしまうと、自分が違和感しか感じないので、自分で自分の首を締めてしまいます。

結局、私は、人の個性を大事にし、人と人との付き合いを大切にしたいのだと思います。

人には誰しも得意な部門があり、それを活かせば価値はあるはずであると思っており、得意なところを活かそうとしていない人もいるのは確かではありますが、少なくとも、自分の得意を活かそうと頑張っている人に対し、その個性を否定しようと決めつける文化があれば、そこには違和感を感じます。

人間として付き合って欲しい

とはいえ、ここまで強い違和感を覚える理由はよく分かりませんでした。

この類の話については、「自分」が全く登場してこなくても違和感を覚えるので、非常に気がかりだったのです。

それは、単純なことで、私が「個性を大切にしたい」からこそ、他人から見た自分をそう見て欲しいという思いがあるのだと思います。

人は人をラベリングしたがるものです。私自身もそれは同じです。しかし、あまりに雑な括りは嫌だし、自分もしたくないのです。

人には個性があるからこそ面白い動物です。

私は、Jpopで歌手が歌っている様子をYoutubeで見たりすることをよくしますが、音楽の学習をしたことがないのに、なんで歌に興味があるのかが自分で不思議でした。

なぜ惹かれたかといえば、「人間」という種族という意味で同じ「喉」なのに、歌い手によって彩りが異なるその「個性」に惹かれたのだと思います。同じ素材でも表現するプレイヤーにとって全然違うように見えるカバーも暇があれば聞いています。

もちろん、楽器が奏でる音も興味深い対象でありうるものではあるのですが、音を出す機械が一緒だと、個性にそこまで多様性を感じることができませんでした。

人間が発する「声」がここまで歌い手によって異なるのか、と思って、興味を持っていたのでした。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲