ルーティンを崩すと気持ち悪い〜習慣化の強さと恐ろしさ〜

今、自分の気持ちを大事にして生きることを心がけていますが、人間が感じる違和感の中には、必ずしも気持ちを大事にすることと一致しないこともあることを知りました。

「気持ち」を感じる感性を高めていくためにも、習慣化について見つめ直します。

ブログが書けなくて気持ち悪い

ブログを毎日のように書いていたときに、突発案件で余裕がなくなり、書けない日が生じたとき、かつてないほどの違和感と気持ち悪さを感じました。

別に毎日1記事はマストでやらないといけない訳ではないのですが、その日はブログの記事のネタの構築や文章を書き進めることすらせず、ブログに1秒も向き合っていなかったので、その状態が気持ち悪く感じました。

マストではないタスクをやらなかったことに対して、ここまで強い違和感を感じるのか、と人間の習慣化という習性の強さに驚きました。

最低ラインを低く持っておくこと

習慣化目標というのは難しい側面があり、「スモールステップで小さい目標をコツコツとやっていく」ということがポイントではあるものの、「段々と目標を大きくしたくなる」気持ちとどこかで戦う必要があるのが難しいところです。

そのため、最初は色々な習慣化ができるのですが、段々習慣化する事項が多くなると、それぞれの時間も伸びてきて、今度は時間が足りなくなってきます。

そして、時間が足りないと、できないタスクが出てくるので、習慣化することでかえってストレスを溜め込むリスクが出てきてしまうのです。

そういうときのために、「最低ラインを低く持っておくこと」は大事だと知りました。最低ラインが低ければ、できない日がたまに生じても、そこで自身が受ける精神的なダメージを最小限にすることができます。

今回の「ブログを書く時間を取れなかった」という場合、もし私が、「毎日3記事書く」ことを毎日の最低目標と考えていたら、そのときに受けるダメージは非常に大きくなります。自分が嫌になるレベルです。

私は、「少しでもブログに触れること(ネタを考えたり、草稿を少しでも進めることも含む)」を最低ラインとしていたので、そこまでダメージを感じないで済んだように感じました。

ルーティンを崩し、変えていく必要性

習慣化の威力を知ると同時に、その力の強さも知ったことから、「ルーティンを崩す」側にも意識を向けた方がいいことを認識しました。

1日24時間の中でやれることは限りなく少ないです。そして、まだまだ私の見積もりは甘いことが多く、タスクは短く見積もられ、そのために、突発案件が生じると、色々なルーティンが犠牲になります。

余裕も持ちながら、時間を大切にして日々を生き抜くためにも、時にはルーティンを崩しつつ、更なる高みに歩を進めることも必要です。

関連記事

↓記事はこちら↓

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲