旧友との懇親会から得る学びと反省①〜旧友に会うという学び〜

先日、学生時代の友人複数名と3時間半の懇親会というタスクをしました。

3時間半のタスクとなると、相当の時間を費やしていますが、久しぶりにガヤガヤと賑わった飲み会をすると、楽しかったので、まず第一に思ったことは、参加して良かったということです。

そして、久し振りに会うことも色々と刺激を受け、いい機会になりました。

ただ、あくまで「久しぶり」にやるからいいのであり、考えさせられる部分もありました。

かつての思い出を語る

これをやること自体は、それにより得られる学びはほぼゼロな気もしますが、やはり旧友と会うと、思い出語りパートはどうしても必然的に生じるようです。

「今ここを生きる」ことを信条としていても、そうなってしまうもので、それは人間がダラダラする時間が必要なのと同じで、もう仕方ないものと捉えた方がいいな、ということを知りました。

ただ、この時間の割合が多すぎないようには意識はしたいです。

現在を知る

学生時代の友人と会うと、社会人になって変わった部分を感じます。

それは人によって異なりますが、物腰が柔らかくなって、丁寧な口調になっている人もいれば、少し怖さを身につけている人もいたりします。

明らかに一段階脱皮して、見違えているように感じる人もいます。

それでも、現在の様子を聞いて一番思うのは、「根本は変わらない」ということです。スキルは上がり、物事の捉え方も変わっています。しかし、その人のベースとなっている部分は変わらないのです。

「ベースとなっている部分」というと曖昧な表現になってしまいますが、その人と話していて感じる印象は大きくは変わらないのです。

その度に、やはり自分の得意を活かしていくことに道があることを感じます。

現在の立場の違いから考え方の違いを学ぶ

ニュースなどの話題を話してみると分かりやすいのですが、職業の要因も大きいですが、年月が経過すると、モノの見方が結構変わっています。

新しい人にドンドン会うことが得意でない人間にとって、別の視点を身につけるために旧友の知見を活かすことの可能性を感じました。

優しい世界を知る

そして、話しているうちに、「優しい世界」の中にいることを知りました。

話をしているときに、割り込むこともないし、割り込まれることもないのです。仕事上ではそうはいかない場面が存在しますが、そんなことが一切ない世界がありました。

みんなが聞く耳を持っていることを前提として、話がされます。話をしていると、相槌が頻繁に出てきます。

そんな世界もあったんだな、ということを思い出させてくれます。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲