ブログで途中経過を書くことにハードルを感じる〜まずは現状を見つめる〜

ブログをやっている理由の1つとして、途中経過もブログで書いて、その過程も楽しめる人間でありたいという想いがあります。

しかし、実際に書こうとすると、思っている以上に心理的なハードルを感じます。書きたいという意欲があるのに、手が動かないのです。

その想いと実際の間を埋めていきたいのですが、そのために、原因と現状を見つめてみます。

途中経過を書きたい思い

途中経過を書くことの反対は、「達成したことを振り返って書く」ですが、こちらの形式はよくあるものですし、市場でも、「〇〇体験記」のような形で、あらゆるところに出回っています。

それはそれで有意義なことではあり、その方が書きやすいのではありますが、それは自分が目指す姿ではありません。

ゴールを達成した後で振り返っているにすぎないので、それは心を動かさないな、と感じるのです。

ここあたりは、TVのドキュメント系番組(情熱大陸、プロフェッショナル仕事の流儀などが代表例でしょうか)は描くのが非常にうまいと感じますが、途中過程の心の機微こそが感動を生む土台になります。

これまで軽視していた自分が馬鹿らしいのではありますが、ストーリーは大切だったな、と今になれば思います。

また、詳しくは後述しますが、途中経過を書いて、ログを残した方が自分にも寄与する面もあります。

達成した後にその経過を振り返ると、最後の結果として上手くいったことになるので、その経過もどうしても美化して考えてしまいます。

しかし、実際は、途中のある時点では、葛藤するような場面も感じた場面もあったはずなのです。そのありのままを書いてみたいと思っています。

「失敗したくない」思い

とはいえ、難しい面があり、特に「失敗したくない」という心理的ハードルは大きいです。

過程を書くということは、「やろうとして結局辞めた」とか「途中で断念した」とかを書くことになる可能性もある訳です。実際、TV番組であればお蔵入りになります。

「失敗したくない」という不安を異常に感じることは以前より減ってきたとは思うのですが、それでも、潜在意識にはまだあるようで、ふとした時に顔を出してきます。

この思いは向き合い、受け止めながら、少しずつ固定観念という名の氷を溶かしていくことが必要です。

「たいしたことを書いていない」思い

経過を書こうとすると、「たいしたことを書いてないんだよな…」という思いにも結構狩られます。

そして、実際、ありのままの進捗を書くので大したことはないのは事実です。

達成した見地から振り返って書くものは、これまでの道筋を全て知っているところから振り返るので、そこまでの一本道が見えています。

そして、そこから書くので、情報の取捨選択もしやすく、情報量が多いものになります。

実際には、達成するまでの道は一本道ではなく、脇道に逸れたこともよくあったはずですが、それは書く必要がないので書かないのです。

ただ、それだと、成功体験をしないと書けないことになるので、どこかで限界が来てしまいます。

実際、体感として、既に終わったことで、ある程度時間が経った後に振り返って書く作業は楽しくないことも多いです。

そのため、それは自分のやりたいことではありませんので、その意識も抜いていくことが必要です。

過程は役に立つ

色々と意識が邪魔をするのですが、読み手・視聴者としての自分を考えると、「過程」の存在は非常にありがたいと感じます。

達成したところから振り返ったものは、どうしても超人に見えてしまい、「私には厳しいな…」と思うこともしばしばあります。

しかし、達成するための紆余曲折が少しでも分かると、同じ人間が行動を積み重ねた結果だな、と分かりますし、物事を達成するハードルも知ることで、その道筋が具体的にイメージできます。

エラーを繰り返す中で成功パターンを作っていく

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

という私の好きな言葉があります。

勝ちにはたまたま複数の要因が噛み合った結果成功することがありますが、負けに不思議はありません。実際、上手くいかなかった事例を振り返ると、「なんでだ」と思ったことはないです。

そうなると、上手くいかなかった事例の方が実は大切であり、そのエラーを分析して今後の行動を改善していく中で成功していきます。

そのため、エラーのパターンを知っていくことは極めて重要ですが、エラーの原因は見つめたくないので、改善に繋がらない場合もあります。

エラーをした上で、そのエラーを振り返り、ポジティブに受け止め、前に進んでいける人間でありたいものです。

正直でありたい

誤魔化すことはできますが、それで得られるメリットは本当に一時的です。後から振り返ると、非常にバカバカしいものです。

かつて、しばしば大会などで上手くいかなかったことを「まあまあかな」などと親に誤魔化した発言をしたことがありました。

客観的にみればそこまで上手くいっていない感じではなかったと思っていますが、自分の中で上手くいかなったのであれば、それを認めた方が良かったです。実際、自分を追い込んでいました。

だからこそ、ありのまま・正直であった方がいいな、と思うようにはなりました。これも少しずつ、一歩ずつです。

考え・思考の関連記事は他にもたくさん!もう1記事いかがですか?

↓記事はこちらです↓

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲