「1人でいる時間」と「複数人でいる時間」はどちらが大切か。

「1人でいる時間」も大切で、友人などと「複数人でいる時間」も大切です。

しかし、そのバランスはどのくらいがいいのでしょうか。

私の友人の中には、「1週間誰とも話さなくても平気」という方もいれば、「毎日誰かといたい」というタイプもいます。

私は、中間的で、どちらも大事です。なのでかえって分からなくなります。比率が結構時によって変わるのです。

「1人でいさせてくれ」と思うときもあれば、「誰かそばにいてくれ」というくらい、極端にかまって欲しいと強く感じることもあるのです。

そのため、「1人でいる時間」と「複数人でいる時間」について、考えてみました。

1人でいる時間

1人でいる時間は大切ですが、あまりに確保し過ぎると寂しく感じてしまいます。

ふとした気づきが得られる

色々な人とやりとりしていく中では、色々な刺激を受けます。

ただ、話しているだけだと、他人の視点をそのまま受け入れているだけです。

その後、自分の視点として昇華するためには、1人の時間を必要とします。1人で思考を発酵させていく時間は、ある方が望ましいです。

そうすると、ふとした瞬間に気づきに変わります。気づきに変われば、自分の知恵として吸収できるようになります。

結局、インプットをしっかりするには、自分の時間は確実に必要だと感じています。

作業する

「人と話しながらモノを作る」ということはあるかもしれませんが、そうだとしても、他人と一緒に協力するのは、「知恵を出し合う」フェーズが多いです。

方針が決まれば、その後の「やる」タスクは、1人でやる方がはるかに効率的であると感じています。

また、やって形を作った後、ブラッシュアップのフェーズでは他人の目線を借りた方がいいと思いますが、とはいえ、意見を貰った後は、自分で作業を進めることが必要です。

そのため、「作業」には必然的に自分の時間を必要とします。

行き過ぎると寂しさを感じる

私自身、特に休日・祝日においては、「3日間カフェの店員さん以外の人と誰も話さなかった」ということがしばしばあります。

しかし、そうした日々を過ごしていると、ふとした瞬間に、突如「寂しさ」を感じることがあります。

この「寂しい」と言う感情は、急によく分からなく発症することが多いから怖いです。

分かっているのは、睡眠不足だったり、心にダメージを負っていたり、弱っているときに出やすいということです。

それは自覚できれば、大分防ぐことができるのですが、両者とも無意識に進行していることが多いです。

睡眠不足は、続けば思考・判断レベルが低下している状態が通常となります。心のダメージも、何がトリガーとなったか分からないまま、突如苦しくなることなぞしばしばあります。

そのため、無自覚の中で、突如寂しさが湧いてくるので怖いのです。

「寂しい」と言う感情さえ湧かなければ、人間はどれだけ楽に生きられるだろう、と今は思っています。ただ、悩みは時によって変わるし、誰しもあるのだと思うのですが、悩ましいものです。

複数人でいる時間

複数人でいる時間は時に刺激的ですが、刺激を受動的に受け続けると成長を阻害します。

また、ずっと複数人でいると「1人の時間をくれ」と思うようになります。

仕事の時間

会社員を想定すると、仕事の時間を総計で換算すれば、ほとんどの人間は、「複数人でいる時間」が長いことになると思います。

しかし、実際には、職場外の人と会う時間も貴重であると感じます。人間関係を会社で全て完結させても、会社にいる間はそれなりに幸せに感じることはできると思いますが、それでは満足しない方も多いと思います。

それは、仕事については、苦手だったりして、あまり合わない人とも仕事をする場に置かれるという側面が大きいと感じています。

そういう意味では、仕事は、コミュニケーションの「訓練の場」としての意味を強くすると、気持ちが楽になると考えています。

ただ、これは、心地良い時間にはならないので、「弱い繋がり」になってしまうので、満足感に繋がりにくいように感じています。

プライベートの時間

仕事で全て完結はできないので、プライベートの時間も大切です。

実際、仕事1本を頼りに生きると、その軸1本がなくなると心が折れてしまいます。

コミュニティ

プライベートな繋がりとして、コミュニティは重要であると感じています。

共通話題があるため、心地良さもありますし、モノによりますが、仕事のようにチャレンジングに感じることもあります。

笑いもありながら、でも真剣な場としてのコミュニティは、既に重要性を高めていますし、今後その重要度の認知は加速していくように思われます。

パートナー、大切な友人

親友やパートナーといる時間は大切です。

彼らとの時間は、安心感を与えてくれます。

生きる活力としてのエネルギーを与えてくれるような感覚を、私は抱いています。

昔の話、バカ話をするとき

旧友と久しぶりに会ったりするのは楽しいですし、かつてあったような昔のバカ話をするのは楽しいです。

ただ、これは過去を懐かしんでいるだけで、前に進んではいないとも思うのです。「昔を振り返り、これからに活かす」と言えなくはないのですが、それは屁理屈では、と思う自分もいます。

そして、かつて陥ったのですが、中毒症状のようになることがあります。「無意味にダラダラと一緒にいる」ことが日常になったことがあり、それはお互いにとって良くないです。

あくまで娯楽であり、中毒にならない範囲で、サッと切り上げることが大切だと感じています。

両者のバランスを取るのが難しい

パターンを考えてみましたが、分かることは、ずっと人といると「1人にさせてくれ」と思うし、ずっと1人でいると「寂しい」と感じるということです。

「一緒にいたいし、1人にもして欲しい。」

なんと人間はワガママな存在なのだろうかとしばしば思います。でも、ワガママなのでしょうがないことです。そんな自分の中のワガママと付き合っていく必要があります。

定量的に何対何の割合で1人でいて、複数人でいればいい、と分かればいいのですが、そんなに甘くなかったです。

何より気分によって左右される面も大きく、なかなか測定しにくいです。

だからこそ、定性的ではありつつも、自分の感情のモニタリングは大切であると感じます。

まだまだ自分がよく分かっていませんが、引き続き、感情と向き合っていくことが理解につながると信じています。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

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