されて嫌に感じたことはしないと決める

「やりたいこと」を考え、自身の可能性を頭の中で広げていくことも大切ですが、「やりたくない」ことをして自分の可能性を狭めることをしないようにするというアプローチも大切です。

愚かだった学生時代、「やられたことはやり返す」「絶対こいつを許さない」など、まるでハンムラビ法典のように考えていたこともありましたが、実に愚かでした。

解決に向かう方法は単純で、されて嫌なことを自分がしなければ、自分の周りで嫌なことが起きる確率は自然に減ってくるのです。

かつてされて嫌だったことから得た教訓を記事化しました。

部分的な期待をかけられる

一番辛かったのは、「部分的な期待」をかけられることです。

私は、親から通信簿や学力といった部分的な期待をかけられて育ってきたように受け取ってきました。先生など周りの人間も、成績しか見ていないように私の目には見えました。

もちろん、親や先生や周りの方々からすれば、心では私という存在を肯定してくれていたいたのかもしれませんが、少なくとも、学生時代の私は、部分的な期待と捉えていたので、ハードルが上がってくると辛いし、その結果として達成できなくなったときに非常に苦しい思いを感じ、反抗期は見事に反抗していた子でした。

今考えれば、「期待」という名のハードルをどんどん上げていったのは自分なのですが、当時は周りのせいだと思っていました。

その名残は未だに残っていて、先日、カフェで近くで座っていたお客さんが「私は慶応だともったいないと思うけどね。東大とかがいいんだけど。」という話をされていました。

どうも息子さんかそのお友達かは分からないのですが、どうも中学か高校受験の話をされているようでした。慶応中学or高校に入れるか否かという話だったと思います。

この話が耳に入ってきただけですが、私には違和感を感じました。普通ならカフェの周りの話は流すのですが、流せなかったのです。

自分以外の他者に対してどう思おうが、それはそれで自由ではあるのですが、「存在自体への信頼」ではなく、「能力に関して」期待のレベルを設けられると、その期待は、期待を上回らなかった場合に、失望に変わってしまいます。

そうなると、受け取り手にとっては、しばしばプレッシャーになってしまうのです。周りの意見は参考程度に留めるという強靭な意志を持てばいいのですが、そう流すほどの力はまだ持ち合わせていません。

この克服は時間のかかるプロセスではあり、まずは克服からなのですが、せめて自分が他人に対して接するときに、部分的な期待からプレッシャーに感じさせないようには考慮しようと思っています。

細々と決められる

ゼミ活動や仕事のときにしばしば感じたのが、ゼミの場合でいえば先生が、仕事でいえば上司が細々と指示をされるのがキツかったです。

彼らなりの愛情なのかもしれないことは一定程度理解しつつ、あまりに指示が細かいと、流石に「自分でやってくれよ」となりました。

もちろん、細部にも「拘る事項がある」ことは大切であり、それは問題ないのですが、私は機械として動くものではないので、細か過ぎるのはどうかと思ってしまうのです。

また、大まかな方向性を決めるのも当然理解できます。ただ、それ以降のやり方は任せて欲しいな、と感じることがありました。

最初は仕方ないと思いますが、人間はトライ&エラーを経験しないと成長できません。自分の裁量は求めると同時に、相手方が持つ「自由」についても、考慮したいと感じています。

途中でor後から茶々を入れられる

学生であれば部活動やサークル活動で、社会人であれば仕事の場でしばしば経験しましたが、話し合いのときに特段コメントのなかった事項について、後から意見を言ってくるのが、ストレスに感じます。

その方からすれば、「今思い付いた」のかもしれないのですが、ある程度進捗が見られた状態から「そもそも論」を言われるのはダメージを感じます。

だからこそ、私自身は、できるだけ「その場で」思ったことは言うようにすることと、

意見を後出しでするときは、「打ち合わせのやりとりを踏まえて考えた」としっかり付言していうなど、相手に変な推測をされないよう、言い方に気をつけようと思っています。

バカにされる

現在の自分より実力がある人からの心のない一言を、バカにされた方は想像以上に覚えています。

私自身、中学校の部活動で、体験入部の際に、陸上部に行ってみたのですが、小学生からやっていたか何かで少し足の早かった人にバカにされたことがありました。イジメに発展する一歩手前くらいまでは行ったと思っています。

練習もしたことがないので、実力不足なのは当たり前ではあるのですが、あまりにバカにされるので非常に悔しい想いをしました。

これも、私に発言された方は、発言したこと自体覚えてないと思いますが、発言された側は明瞭に場面を覚えています。

また、高校時代も、テストの点が低かったときに、凄くバカにされたのを明瞭に覚えています。

今の実力が違うだけで、3か月先を見れば逆転していることもよくあるのに、不条理にバカにされ、その侮辱的な言葉が嫌でした。

だからこそ、私は他者を裁くような発言は避けるとともに、良かったときほど謙虚に、改善点が見つかれば素直にそれを認め、確実に行動に繋げる人間でありたいと思っています。

編集後記

「されて嫌なこと」は、潜在意識に刷り込まれているため、気づかないうちに自分がしていることがあります。潜在意識にあるため、無意識に行動しているのです。

だからこそ、これらを自覚し、行動を自分の意思で決めていきたいと思います。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲