恩に報いようとすることが、生きる情熱をくれる

「生きる意味って何だ」ともがくときがしばしばあります。

個人的には、ニーチェの考え方に共感を覚えるので、「その意味は自分で探す」というのがその答えなのだろうな、と思っています。

結局、考えながら、行動しながらということになってくるのですが、ふと、その意味を探す上での1つのヒントとして、「私が恩を強く受けたと感じる人に、恩返しをいつかしたい」という想いが強かったことに気づきました。

ご飯食べさせてくれた」エピソードへの違和感

芸人さんがよく話すエピソードとして、後輩が「食えない時代に食べさせてくれた」ということから、先輩に対し、恩を感じる話があります。

しかし、私は、この話があまり理解できず、ピンときませんでした。

実際、私自身、先輩方に奢ってもらったことはあり、それは嬉しいことではあるのですが、私は、どうしてもそこに「恩返しの強制感」を感じる部分もありました。実際は、別にそういうことではないと思いますが、妙な感じなのです。

それは、恐らく芸人さんのような極限の状態とは異なるからという要因もあるとは思うのですが、中長期的に考えたときは、モノに嬉しさをあまり感じないのです。

何をしてくれると恩を感じるのか

では、どんなことが私にとってありがたいかを考えてみると、

「何者でもない私の可能性をひたすら信じてくれた。」

ということだと感じています。

私のある部分が「いい」と思ってくれて、信頼いただける方もいらっしゃいますし、それが基本だと思います。

しかし、「私という存在」を無条件に信じていただいている方が数名おり、その方には本当に感謝の念を感じます。もし私自身のエピソードが映画化されたら、私は、最初から最後までずっと涙を流しているような気がするほどの恩を感じています。

今考えてみると、私のどこが良かったのか未だに分からないですし、「そう思っていたのは私だけだった」のかもしれませんが、それでもいいから、何か恩返しをしたいと思えるような方がいます。

中学時代の塾の先生

私は、中学の3年間、塾に通っていました。

今のようにオンラインという文化はなかったので、対面式の授業で、学年にもよりますが、週3〜4ほど行っていました。

集団で教える塾でしたが、少人数のクラス編成で教えてもらうスタイルでした。その時の英語の先生には、感謝してもしきれません。

先生は、出会った最初の頃からそうだったのですが、ひたすら私の「可能性」を信じてくれるのです。

可能性を信じているか否かは、結局は私がどう感じるかという話なのですが、私から見たその先生は、言葉からも態度からも信頼されているように感じました。

今考えれば、その先生からは、いつも当時の私の実力から少し背伸びした課題を与えていただき、相談に応じられる距離で見ていただきつつ、成長にコミットいただいていました。

悔しい思い出

先生の行動で、よく分からなかったことがありました。それは当時にとっては難解な問題(英語、数学が多かったと思います)をふとその先生から出されたときに起きました。

当時の私にとって、「試行錯誤をしながら考える」というのはハードルが高かったのでしょう。多少は考えていたのだと思いますが、思考を全然していませんでした。そのため、問題が全然分からず、立ち往生したのです。

結局、私は、ハードルは越えられず、他の優しい先生方に聞いたりして誤魔化しながら問題を解決していました。

当時、「先生が何を考えているのか分からない、、」なんて思っていたのですが、大切な「自分の頭で考える」ことを教えようとされていたことは、今となっては分かります。

当時の実力からすれば仕方ないのですが、悔しい思い出になっています。

いつか恩返しを

当然、今の環境では、当時の塾の先生との関係はありません。

正確には、探せば多分会えるのだと思いますが、「会いに行く」ことは恩返しではないです。

それよりは、「こいつは自分の教え子だったんだ」と誇りを持ってもらい、周りの人に言ったりしてくれるような人間でありたい、と強く思うのです。

職場の元上司

職場でも、ある上司の方には恩義を感じています。厳しい指摘もいただくことも多かったですが、それに何とか食らいつこうとする中で、色々と教えていただきました。

ご自身の頭の中で確実に「完成形」は見えているはずなのですが、対話の中でヒントを与え、考えさせてくれました。

また、その方は、本来、雑談をほとんどしない方ではあるのですが、所々で自身の過去の経験について私に語って下さっていて、私にとっては、私にメッセージを伝えておられるように感じました。

その方の指導が、私の現在を作る原点に一つになっています。

仕事を自由にさせてくれた

恩義に感じることはたくさんあるのですが、一例として、斜めの上司の方が私の分の仕事を取ろうとしたときに、元上司の方が、「これは自分の仕事だ」と介入いただいて、私にその中身を振ってくれたことがありました。

これは、その斜めの上司の方から後から聞いたことではあったのですが、とてもありがたいことでした。

本心は全く分かりませんが、「任せてくれる」というのはとてもありがたいことです。

いつか恩返しを

その元上司の方と私とは年齢も離れていますし、基本的には、また仕事でご一緒するような機会はもうないと思います。

しかし、私は恩義を感じているので、どこかでお返ししたいと思っています。

たとえ別のフィールドにいたとしても、自分が名前を轟かせれば、どこかでその方の耳にも入ってくるはずです。

話の中のどこかで、私の話題が出るような人間であろう、と強く思っています。

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲