自分のありのままを発信するために自分と向き合う

先日書いた「ブログと向き合う」記事は、ブログとの向き合い方にフォーカスしました。

しかし、それを考えると、必然的に、「自分自身」と向き合うことを余儀なくされます。

自分と向き合うことこそ恐怖を伴いますが、私が、何に怯えているのかが少し分かってきたので、「心の悩み」を整理してみようと思います。

自分の考えを発信したい

最近、私は「自分の考えを発信できるようになりたい」と考えています。

これまでの自分と比べれば、相当自分を出しているような気はしますが、それでも、「自分をひた隠しにする」期間があまりに長すぎました。本当に少しづつです。

少し前まで、完全に無趣味人間で、つまらない生活を送っていました。もちろん、旅行に行ったりすることとか、楽しいことはありましたが、「受動的な楽しみ方」だったので、「趣味」という楽しみ方はしていませんでした。

ようやく最近になって、「自分のありのままを認めよう」と思えるようになってきました。

気を遣っていた

しかし、現実を考えると、私は、相当周りを気にしていることに気づきました。

「自分の考えを発信したい」と思ってはいるのですが、考えに反して、実際、自分の考えを発信する際には、相当躊躇し、悩んでいます。

実際に、それがメールで送るとか、電話で話すことだったとしても、「これで問題ないか」と数回は頭を駆け巡らせて判断します。即答するのは、自分の中の回答が既に決まっているときだけです。

それは、「言いたいことを言えている」といえるのでしょうか。実は、言いたいことを言うのを相当セーブしているのではないか、と気づいたとき、「全然自分を出せていない」ことに気づいたのです。

だから、楽しいことや、苦しいことも「楽しい」「苦しい」と正面から言えなかったのです。

「空気読めない」ことへの恐怖

世の中には、結構「気を遣う」ことが上手い方がいると思いますが、その分類で言うと、私は、全然気を遣えないタイプです。

しかし、それを分かっていながらも、周りを意識して、あくまで自分の中でですが、相当気を遣ってはきました。

では、なぜ気を遣ってきたのでしょうか。

それは過去にヒントがあり、私は、人からハブられることを恐れ、自分に蓋をしてきたのです。

「信頼できる人」作りから始めよう

そう考えて振り返ると、私は、これまで「本音」を出してきませんでした。

もちろん、「雑談」とか「馬鹿話」とかは話します。しかし、それも自分の感情は入れず話しますし、特に、「辛いこと」「悩み」というのは、「人に話してはいけないもの」と深層心理で思っていたようです。

実際に、親にはもちろんのこと、仲の良い友人にも「本音の悩み相談」などしたことがありませんでした。

「他人を信頼していない」のに、「他人からハブられたくない」という思いがあるのです。そこあたりをグルグルして、ずっと悩んでいたと思います。

本音を話すことに躊躇の気持ちはまだまだありますが、徐々に話せる人に対し、本音を話していく中で、ありのままで生きられるようになっていきたいと思います。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲