個人セッションを受けて得た「ありのまま」の生き方のススメ(講師:滝川徹さん)

これまで、Being とDoingは違い、心のあり方が大切である、という話は認識していました。

しかし、「心のあり方」と抽象的に言われても、、という節は正直あり、概念としては認識しつつも、しっかり認識できていない自分がいました。

今回、悩める私は、個人セッションで仕事・プライベートにおける自分の人生のあり方について相談しました。

それではここから、その概略を所感とともに紹介していきます。

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「ありのまま」でいること

今回のセッションで得た点について、結論を先出しすれば、今の自分に必要なのは、「ありのまま」でいることだ、ということです。

「ありのまま」に生きるためにはどうすればいいのでしょうか。詳しく見ていきます。

「〇〇したい」を大切にする

「「〇〇したい」という想いを封じていませんか?」

…という質問の答えを考えると、私は封じていました。

これは前にも言われたことがあるため、意識はするようにはしています。そのため、最近では、「したい」ことをできる限り叶えてあげるようにしよう、という意識に変わってはきたところです。とはいえ、まだまだ発展途上です。

むしろ、これまでは、無意識のところで、「したい」想いを潰したりしているので、「〇〇したい」という想いを抱かなかった自分がここ数年いました。恐ろしい話ですが、人間とは不思議なものです。

要望を口に出す

ここは私が極端に苦手としている分野です。

この「要望を口に出す」というのはつまり、仕事で言えば、

「プライベートも大事にしたい」

「この仕事はしたくない」

などと上司などに伝えることです。

もちろん、ここから表現方法の工夫という点はありますが、要はこういう「したい」ことを制限しないで伝えることが大事です。

このことはこれまでも指摘はされていたので、最近になってようやく「ある程度気心が知れたら」要望を伝えることはできるようになりました。

しかし、できるのは本当に一部の人であり、こちらもまだまだ発展途上です。

他方で、今回のセッションで確認できたこととして、仕事での報連相は別で、必要性を精査することは必要、という話もいただきました。

BeingとDoingは分けるということだな、と思い、頭が整理され、自分の中の行動指針が明確化しました。

自分に許可を出すこと

「ありのまま」になるために必要なことが自分に許可を出すことです。自分に許可を出すとはどういうことでしょうか。

詳しく述べていきます。

義務感をなくす

「ありのまま」でいるためには、義務感をなくすことが必要です。

つまり、「〇〇しなきゃ」と思って行動することを辞めていくことが必要です。これは、思い返すとたくさんあります。

特に仕事上が顕著ですが、「〇〇しなきゃ」と思って行動していることが多いです。

全部が全部という訳にはいかないにせよ、mustを叶えていたところから、wantを叶える方へ移行したいな、と思いました。

感性を見つめよう

指摘され、首肯せざるを得ないのが、「頭・論理で考えすぎている」ということ。

「〇〇したい」と感じたり、「〇〇しなきゃ」を減らすためには、そのときの感性に気づくことが大切です。

しかし、頭で考えると、感性を論理で覆い尽くそうとしてしまいます。今、絶賛その状態なのですが、その状態は良くないので、「そのときどう感じたか」に意識的であろうと感じました。

悪口は言っていい

私は、自分が「嫌だな」と感じることをされたり、嫌な評判を言ったりするとき、悪口を言ってしまうことがあります。

ただ、私は、「悪口を言うことは良くない」と教わっていました。そのため、悪口を言った後毎度、自分に後悔している自分がいました。後悔するなら言わなければいいのに、としばしば思いました。

しかし、この思考回路を取る必要はなく、「言いたい」ならいえば良い。むしろ、本来は「言いたい」はずなのに、それを抑え込まないようにすることが大切です。

このところのやりとりの中で、「ありのままに生きれば悪口は自然に減ってくる」というフレーズが刺さりました。

「あ、取り組む順番が違ったんだな」と気づけました。

本当に自由気ままで生きたらどうなるのか?

「空気が読めない」ことに対し、私は非常に敏感に過ごしてきました。実際、割と聞き手を演じてきていて、空気感を読むのはそれなりに得意かな、と思って胃ます。

しかし、やりとりをしていくと、私の本性は、なんともアホらしいのですが、私は「空気が読めない」側の人間だそうです。

・・・そうですね。

なんといえばいいのでしょうか。

それは知ってはいたのです。

知っているからこそ、「周りの空気を読む自分」は好きではないのにやっていたということなんだと思います。

そして、空気を読む自分をよくやるのですが、自分自身の本心では満足していないので、変な胸のしこりのような違和感を常に感じていたのかな、と思っています。

よく振り返ってみると、周りから、「空気を読むべき」ということを言われていました。明示的にも、暗示的にも色々なところで言われたように私は受け取っていました。幼少期からのこの教えが、本性を覆い隠して、生きてきたんだと思います。

それも関係があると思うのですが、私は、自分の「弱み」を話すことに対し、恐怖心が強くあります。他方で、ある課題があったとき、自分を意見を言うことについては、躊躇はあまり感じません。

これは、「空気を読む」こととか、「成績が重視されてきたと感じていた」とか幼少期の教えから来る自分の思い込みが原因なんだな、と考えるに至りました。

本当に何のしがらみもなくなったら、自分はどうなっているか

「何のしがらみもなくなったら、自分はどうなるのか?」

という質問をされました。

そんなことをされたことすらないので、一瞬ビックリしましたが、これまで述べてきたことも踏まえつつ、よく自分を観察すると、

・空気は読めない

・感情の上下は激しく、結構剥き出しにすることがある

・気まぐれで、やる気には結構ムラがある。ただし、集中するときは集中する

というのが本性だな、と思い至りました。

それを想起した時、ある有名人が頭に思い浮かびました。有名人を考えるのは、結構イメージが具体的にしやすくて良いな、と思いました。

どこかで見聞きしましたが、「完璧な人間は面白くない。人間は不完全だから面白い。」という言葉を思い出しました。

空気が読めず、気まぐれな自分に「こんにちは」と挨拶をした日となりました。

内から満たされる世界へ

「私が尊敬する人に、認められたい」という承認欲求が私にはあります。

しかし、承認要求を満たすのは、相手が自分に対し言動をしてくれないと起こらないので、それは自己のコントロールの範囲外にあります。

それは知ってはいるはずで、それを考えると、「承認欲求とは何だ」と余計に分からなくなり、何のために頑張っているか分からなくなる、といったことがありました。

それは、外に求めているからです。

内を満たすことが重要で、そこがベースにあります。

その上に、感情が乗り、外因によってそれは上下しますが、下がっても、ベースのところはしっかりしていれば、「満たされていない」という状態にはなりえません。

そして、そのキーワードは最初に戻りますが、「ありのまま」ということです。

「内から満たされる」については、「分かるんだけど…」と「けど」が付いてしまうので、腑に落ちるのは先になりそうです。焦らず過ごしていこうと思います。

編集後記

そういえば、セッション中に、

「時間を使って答えていいよ」

と言われました。

そう言われた質問に対し私は相当考えてゆっくり回答しました。そんなゆっくり説明したのは久しぶりですね。

「やろう」と思ったことに対しては、事前に手を色々と打つ派なのですが、そのエンジンは緩めても良いのかもしれないな、と感じました。

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この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲