「7つの会議」【映画評】〜企業の中での「戦い」を浮き彫りにしたリアルさを感じる作品〜

池井戸先生が原作の「7つの会議」について、映画化作品を映画館で見ました。

原作との違いを楽しんだ映画鑑賞でした。

原作の書評はこちら。

はじめに

久しぶりの池井戸先生本。今回は原作を読んで、それから映画館で見るという順番にしました。

本作は原作には原作ならではの良さがあり、映画も映画ならではの良さがそれぞれに現れた作品だったかと思います。

ただし、映画化キャストがドラマと同じような、「いつもの」メンバーになりかけているのが気にはなりました。香川照之さんとか半沢直樹シリーズの大和田常務を想起させます。

映画館の様子について

今回は、「TOHO cinemas日比谷」にて鑑賞しました。がっつりの都心部で人がかなり多かったですが、建物が綺麗でした。

何より、映画館が綺麗で清潔感があります。そして、チケット買うのは便利だし早いです。機械の使い方が分からない人に説明したりするための人員配置はされてはいますが、駅で切符を買うかのごとく、チケット売り場は自動化されていました。そのため、店員さんに「〇〇の□時からのチケット下さい」という必要がある時代は終わりに差し掛かっているのかもしれません。もっとも、この映画を鑑賞する時は、事前にオンラインでチケットを確保していたので、チェックしてチケットを出してもらっただけではあるのですが。

そして、夜に見に行ったにも関わらず、かなりの人がいました。そして、皆さん映画鑑賞時はポップコーンを摘むのでしょうか、フードコーナーの人の行列が凄かったです。

映画館内に入ると、館内は他の映画館と異なり、前の椅子との高度差が大きかったです。そのため、映画の大画面の視界が遮られることなく快適に鑑賞しました。

とはいえ、鑑賞している方は多く、ほぼ満員だったので、狭さを感じながら視聴しました。

映画の所感(原作との違いを踏みつつ)

原作と大まかな流れは相違ないのですが、結構脚色していた印象が強い作品でした。当然ながら本の方が情報量は多くなるので、ストーリーの緻密さなどは出しやすいですが、登場人物の感情やシーンの強調といったことは映像作品の方が示しやすくなります。本作は原作を少し崩しつつも、程よくデフォルメされた作品だと思いました。

主人公が、20年前に、顧客を自らの強引なセールス対応により、自殺に追い込んでしまった(と主人公は判断している)ことを強く印象付け、これまではそこから逃げていたものの、その時味わった悔しさや何ともいえない想いから立ち上がり、次々と行動していく姿は、原作よりも強調されており、ここは映画版の良い点の1つだと思います。

あとは、主人公八角(野村萬斎演)の同期北川部長(香川照之演)の最後のお手伝いもよかったです。原作では北川部長はずっと敵で味方にはならないのですが、これまでの敵が少し味方になり、手伝うシーンは感動的な脚色でした。

何より、シーンでいえば、最後の事故後の検証の調査のときの八角のセリフが、映画監督の想いを込めていました。

全てを完全に把握しておりませんが、再現するとこんな感じの長台詞があります。

「日本企業の文化として不正を醸成する側面はある。日本人は従順すぎる面がある。それで日本は、高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りをしてきた面はあるが、日本人は同属意識が強いため、村八分を恐れすぎている。

他方で、海外はそんな意識はなく、「別にそのグループを抜けただけ」となる。

日本人の同属意識がある以上、不正はなくならない。しかし、不正が起きたとき、しっかり声を上げること。これは必要で、こうしたことをしながら、是正していくしかないのでは。」

冷静に考えると、「では日本人の同属意識を排してはどうか、そうすれば不正が根本的に撲滅できるのでは」ということなどは思いつきますが、この台詞を、実際に内部告発をやりきった主人公の八角が言うところに妙な説得力を持ち、印象に残ります。

企業内での苦しい戦いを散々見た後で、「不正が起きた時、声を上げること」という台詞は、一見簡単なように見えて、相当難しいことであることは目に見えてはっきりと分かります。

そして、現に、「変わってきている」といえど、日本の企業文化に映画で示された世界は良くも悪くも残っているので、そのリアルに見える作品を魅力的に感じます。

細かい原作と映像作品の違いについて

何より、映像化の時に、主人公の八角は自ら色々と行動しています。

原作ではサポートではないのですが、周りの人間が前に進めることも多く、そこに少し茶々を入れながらしれっと行動していくのが主人公の立ち回り方なのですが、確かに映像化しながら主人公がサポートばかりしているのはどうかと思うので、そこは脚色としてそうした方がいいんだろうな、と思いました。

なお、原作は結婚生活が続いている設定なのですが、今回の映画では、主人公の八角は離婚して、元妻と会っている設定でした。「ぐうたら社員」として20年間のらりくらりと生きてきた八角のキャラから考えると、離婚設定の方がしっくりくるような気がしました。

ちなみに、細かいところですが、原島課長がポンコツキャラ過ぎました。原作では、朴訥な感はあるものの、やることはやろうとする仕事人の雰囲気もあったのですが、映画作品では結構ポンコツに描かれていました。

映画の感動シーンについて

全体としては、前半は結構冗長な感じがしたのですが、登場人物が出切ると、後半は一気にストーリーが進むので、メッセージ性もあり、感動シーンもあり、よかったです。

メッセージ性の部分については、これまで述べた日本の企業文化や不正に対するコメントに集約されるのですが、感情を吐露するシーンもあります。

それは、北川部長(香川照之演)のこの台詞です。

「俺の20年は何だったんだろうな。…こんなに会社に楯突くって怖いんだな。」

自分を殺し、上司に従ってきて、部長職までは登っていった北川部長がふと我に帰る瞬間です。これまで「会社のため」と言いながら色々強権的に進めてきたことが、虚しいことであり、自分にとって意味のなかったことに気づくシーンです。

本当に、「自分」を持って、自分が楽しいこと・ワクワクすることという観点で働かないと、こうなって行くし、それに気づく機会すら基本的には与えられません。

会社で働く中でも、しっかり「自己実現」も考える必要のあることを、皮肉も込めつつ、感情的に言った台詞として、かなり印象に残りました。

ここも映画オリジナルなので、メッセージ性・感動部分が映画で加えられています。

原作の方が良かった部分

原作の方が良かった部分もあります。それがラストのシーンです。

内部告発をした主人公八角は、本来でいえば功績者ではあるので、それなりの地位に優遇されますが、結局、元の係長の地域のママである、というところで作品が終わります。

それはいいのですが、その背景が問題で、映像作品では、「本人が異動・昇進を辞退した」ことになっていましたが、原作では、「本社社長が裏で手を回したという噂もある」という記載もありました。

ここのシーンは、私は原作の方が好きです。内部告発をした者に対する対応は難しく、告発したところで全てを洗い流せる訳がありません。だからこそ、「社長が裏で手を回した」という実にリアルに思える不正告発後の対応の影の部分についても、触れてもいいのではと思いました。

現実は、問題が解決すれば全て完了、という訳にはいかないので。

おわりに

本作では、カスタマー室長の佐野という役が出てきて、原作では割といい線まで詰めるのですが、映画では一瞬で異動させられていました。

このシーンは無理に佐野を出さなくてもいいのでは…と思いました。

これまで記載してきた通り、原作と映画が結構違う作品なので、見比べると更に楽しめると思います。

原作はこちら

この記事を書いた人

相羽涼太

相羽涼太

読書、手帳術、旅行記・訪問記・食レポ、ジム(運動、食事)、英語学習などを中心に記事を更新します。

インターネットの登場で、「考える」ことが減りがちな今こそ、自分なりの軸を持って、考え、発信していくことを大切にしたいと考えています。

SF(上位10位、2019年1月現在):慎重さ、収集心、個別化、責任感、自我、指令性、目的志向、自己確信、信念、学習欲